絲絲雑記帳

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0/「建設篇」


 

4月27日(木) 香菜

 朝。拙畑で香菜を採るラケッシュ君。
 昨日インドから到着し、さっそく明後日から始まるgangamakiのおくりもの展の準備だ。
 今回のメニューは南インド料理のマサラドーサ。これは私ぱるばの大好物である。インドで外食をする際、多くはコレ。(内側にマサラすなわちジャガイモカレーを包み込んでいるのだが、私はそれ無しでドーサすなわち皮だけ注文する。軽くて良い)
 マサラドーサに限らず、インド料理に欠かせないのが香菜だ。これはコリアンダーとも呼ばれるし、ヒンディー語ではダニヤ。日本語ではカメムシ草だ。「買えば高い」と喜んで収穫するラケッシュ君。使用量が一般家庭とは桁違いなのだ。
 今、拙畑で食べられるのは、この香菜と五日市名産「のらぼう」だけだ。特に香菜は冬を越し、今月に入って猛然と草勢を増して、畑の一画を占拠している。強い草なのだ。特にウチのは市販品よりいっそう香が強い。栄養価や薬効もきっと高いことであろう。
 あまりに繁茂しているので、そろそろ除草しないといけない。
 ラケッシュ君だけでは消費しきれないだろうから、イベント中、竹林に持参し、お客さんに進呈しようかな。欲しい人いるだろうか?


 

3月30日(木) 春のひとつ穴ケープ

 先週あたりから突如、夏になったヒマラヤ山麓。
 本日は今年最高の35℃まで気温が上がる。
 そんな中、三日前の月曜に到着した真木千秋。
 日本は冬みたいな気候らしかったから、その身体的衝撃はかなりなものであったろう。

 ganga新工房はいちおう完成を見たのであるが、細かいところはまだまだ詰められていないのである。
 たとえば、工房の熱さ対策。
 窓の遮光や、屋根の断熱など、まだあまり手を付けていない。
 そんなところに「冬みたいな日本」からやってきたものだから、真木千秋にとって、耐えがたい仕事環境だったようだ。
 ただ、それにもだんだん慣れてきたようで、今日などは、四棟ある工房をあちこち飛び回っている。
 乾季で湿度が三十%台なので、扇風機で十分イケるのである。

 上写真は工房第四棟。
 サワサワと回る扇風機の下に、機(はた)が一台。
 織師マンガルのものだ。
 ちょうどタテ糸を掛け終えたところで、これから織り出しが始まる。
 今年4月29日から始まる竹林ゴールデンウィーク展でご紹介する作だ。
 生成のシルクや麻に、藍染めの糸を挿した、ひとつ穴ケープ。
 真木千秋がマンガルの横について、ヨコ糸の入れ方をチェックする。
 機の手前にチャルカ(糸巻き)があり、そこでヨコ糸にする藍や生成の糸を巻く。

 写真右奥に見える長髪女子はスリスティ(ラケッシュ嫁)。
 テーブルに向かって糸の整理をしている。
 家にばかりいてもつまらないということで、まずは糸の勉強だ。

 下写真がタテ糸。
 クリック拡大すると、特長ある絹の紡ぎ糸と、微妙な濃淡のある藍染めの絹糸が見える。


 

3月26日(日) 寺詣り

 日曜日。
 工房の主要スタッフおよびその家族十数名と連れだって、寺詣りをする。
 もちろんヒンドゥー教の寺。
 ヒンドゥー教も仏教もインド生まれの親戚同士だから、日本人にとってもヒンドゥー寺院参拝はあまり違和感がない。
 行き先は、シヴァ神を祀るニールカント寺。(上写真)

 インド人は概して寺好きだが、特にここウッタラカンド州は「デーヴ・ブーミ(神の地) 」と言われるくらいで、ハリドワールやリシケシなど聖地も多い。寺詣りはインド人にとって、そして外国人観光客にとって、同州のアトラクションになっている。
 今日のニールカント寺院も、ヒマラヤ山中、標高900mのところにある古寺だ。
 工房から車で一時間半ほど。高地だから涼しくて気持ち良い。
 けっこう有名な寺らしく、北インド一円から善男善女を集めている。
 日曜に寺詣りして、商売繁盛家内安全を祈るというのは、ま、健全な娯楽であろう。

 ここニールカントに来たのは、ほかにも理由がある。
 ウチのシェフ、マニッシュ君の前任地なのだ。
 去年の7月まで、寺の参道にある料理店で働いていた。
 そのマニッシュの誘いもあり、真木千秋来ganで忙しくなる前に、スタッフ慰安も兼ねて寺詣りに行こうということになったのだ。

 ここウッタラカンド州は、料理人の産地としても有名だ。ラケッシュ自身もそうだったが、マニッシュの父親も料理人をしている。マニッシュ本人も、まず商都ムンバイで腕を磨き、それから隣州ヒマーチャルで働き、そしてニールカント参道の料理店に移る。どうしてここに移ったのかというと、自家から近いからだそうだ。
 そして昨年夏、弊工房と縁ができて、移籍してきたというわけ。自宅から徒歩数分の距離だから、彼としても便利なことであろう。(ラケッシュがほんとんど拉致同然に連れてきたみたい。インドの雇用関係はけっこうユルいのである。この国では何でもそうだが)

 マニーシュがニールカントを訪れるのは、それ以来初めてだ。寺や参道を歩くとあちこちから声がかかる。
 参拝を終え、朝食を摂ろうと、マニッシュの働いていた料理店に入る。店はそのままだったが、経営が変わっていた。
 下写真は、我々の朝食のため、タンドール竈の前に立ってチャパティを焼くマニッシュ(右端)。ここで働いていた当時は、繁忙時には一日40-45kgもの小麦粉をこねてチャパティを焼いていたそうだ。
 久しぶりに前任店の厨房に立ったマニッシュ君、やはり同店のタンドールの方が使いやすいと言っていた。
 現経営者(左から2番目)は、自分でもタンドールを扱う料理人であるが、タンドール専任がひとり欲しいと言っていた。ま、マニッシュを置いていってもいいが、そうもいくまい。(繁忙期だけレンタルするとか!?)。その隣はマニッシュを拉致したラケッシュ。


3月25日(土) 野鶏

 鶏と書いて「ニワトリ」と読む。
 しかし、このトリが昔からニワにいたわけではない。
 人家にニワができる遥か以前から、野のトリとして生きてきたのだ。
 この「野のトリ」が「ニワのトリ」になったのは、数千年の昔、ここインドのことであったらしい。
 そしてここganga工房には、今も、野のトリとニワのトリが餌をついばんでいる。野のトリは野鶏と呼ばれる。インド語では、ジャングリー・ムルギ(ガ)だ。ジャングルというのはインド語で野原。工房の裏はジャングルなので、野鶏が出没する。飛翔力が強いので、簡単にフェンスを跳び越え、敷地内にも入ってくる。

 gangaには普通のニワトリもいる。下3月3日の記事でもご紹介したとおりだ。そのときの写真は標準レンズで撮ったもの。ニワトリだから簡単に近寄ることができる。
 右写真は野鶏。警戒心が強く、300ミリの望遠レンズでもやっとこのくらいだ。画面真ん中を足早に駆けていく。こうした開けた場所では、余計に警戒して駆け抜けるのだ。

 野鶏は味が濃厚でウマいんだそうだ。
 今日、昼食に、チキンだよと言って、カレーが差し出される。私は野菜や豆カレーを常食としているので、「要らない」と言う。
 すると、ラケッシュいはく、これは野鶏だと。
 なんでも、つい先ほど、私の部屋のすぐ近くで、松五郎が若鶏を捕らえたのだという。松五郎とはウチのチベット犬だ。牧羊種で、けっこうワイルドな習性を残している。
 その野鶏を用務員のモヒットがさばいて調理したのだ。 それならと一口食べてみる。用務員カレーなので、辛くてあまり味わえない。やや硬めだという印象。


 

 

 ラケッシュが「味はどう?」と聞くので、自分で食えよと言うと、「いや、ちょっと、見ちゃったし…」と口ごもる。憐憫の情か、あまり食欲が沸かない様子。
 工房のニワトリに関しては、数が増えすぎると、適当にしめて、カレーにする。これはインドの農村では普通の営みだ。ラケッシュはそうしたカレーは口にするようだ。ニワトリは最初から食物と見なされているのだろう。

 松五郎は澄まし顔で食堂に寝そべっている。仕留めた野鶏も、自分では食べずに、ご主人に持参するのだ。ウチの犬たち(全部で5匹)は、猫まで持参することがあって、困ったものだ。
 孔雀を持参したらどうすると聞くと、隠れて埋めるしかないとのこと。国鳥だから法律で厳重に保護されているのだ。(鶏や七面鳥と同じキジ科の鳥だから美味なんだろうと思うが)。さっきもジャングルの中で高らかに鳴いていた。ウチの犬たちには注意して欲しいものだ。


 

3月22日(水) ムラの旅支度

 日中の気温が30℃を超えるようになった北インド・ganga工房。
 とは言え、カラッとした晴天で、朝夕は20℃くらいまで下がるから、まことに快適だ。(夏の信州みたい!?)
 波羅蜜(ジャックフルーツ)の木陰で梱包作業に勤しむ男二人 — モヒットとディネッシュ。
 葦の椅子「ムラ」を箱詰めしているのだ。行き先は五日市の竹林。
 一ヶ月後のゴールデンウィークに竹林で開催される春のイベントに出品されるのだ。(3/30訂正:やっぱり5月は無理そうなので6月下旬のイベントに登場予定)
 今年はギャラリーgangamakiもオープンしたし、それにちなんで、gangaの香のするイベントにしようと企画。
 このムラは下の2月18日記事にも書いたごとく、新しい畳のような香がするので、趣旨にピッタリ。
 数もたくさん用意したので、請うご期待!


 

3月3日(金) チキンハウス

 工房建設に伴って、鶏小屋も新築される。
 工房スタッフ・アショク君の指揮の許に建てられた、ヒマラヤ山村風の「建物」だ。
 壁は煉瓦と土、屋根はスレートで葺かれている。

 このスレートすなわち粘板岩は、この近辺の山地に産し、民家の屋根によく使われてきた。
 建築家ビジョイも、ホントはこのスレートを工房の屋根に使いたいと考えていた。しかし、法令によって、スレートは産地外に持ち出せない。それもあって、自然石屋根作戦は断念となった。
 このチキンハウスのスレートは、その粘板岩である。どこから持って来たのか? ま、このくらいなら大丈夫なのであろう。

 今、ここに暮らすのはニワトリひとつがい。
 昼間は外で自由行動だ。広い範囲で仲睦まじく餌をあさり、犬たちとも相互不干渉でやっている。
 そして夕方になると、家に戻るのだ。(上写真)
 屋根の上にのっかっているのは、カボチャ。こうやって野外で保存し、種を採る。
 下写真は家の中。卵が5つ6つ見える。そのうちヒヨコになるはずだ。

 そういえば昨日、敷地内の畑で、雌のクジャクが餌をついばんでいた。私が近づくと、羽ばたいて、1.5mほどのフェンスを越え、繁みの中に消えていった。クジャクも飛べるのである。(ウチのチキンは飛べそうにないが)


 

2月28日(火) 巨匠こだわりの一品

 ギャラリーの披露も終わって一週間。工房もすっかり落ち着いてきた。
 建築工事もほぼ終わり、これからが工房の真価を問われる時だ。

 数ある建築物の中で、来訪者が最も感心するのが、工房の第2棟。
 ギャラリーとともに建築家ビジョイが一番こだわって造った建物だ。完成もギャラリーに次いで遅く、操業が始まったのもつい最近だ。

 上写真は中庭に面した部分。
 茅葺きの張り出し屋根があり、その下に地機が据えてある。
 今、元・遊牧民の織師マンガルがヨコ糸の準備をしている。

 内部には大きな作業台。(下写真)
 この天板は厚さ5cmの沙羅材で、ギャラリーのテーブルと同じ丸太から取ったものだ。
 そのほか織機が二台、左奥にはタテ糸を作る整経ドラムが鎮座している。
 真木千秋はほぼ一日中、ここで織物作りに励んでいる。

 ビジョイのこだわりは、写真に見るような、土を使った農家風の造りだ。
 特に中庭側。壁は竹材に土+牛糞を塗り込めている。窓や扉は、ガラスや板ではなく、低木ランタナの茎を並べている。(隙間があるから嵐の時はどうなるか注目)
 床も、漆喰の上に土を塗っている。

 広々しているし、眺めも良いし、今は最高の季節であることもあって、作業環境は極上だ。
 さて、この工房第2棟からどんな織物が生まれ出るか。




2月26日(日) ギャラリーopeningの風景

 21日のオープニングには日本からも三十人ほどのお客さんが駆けつけてくれる。
 こちらは基本的に毎日快晴なのだが、オープニングの前日と当日だけ大気の状態が不安定で、ときどきにわか雨が…。雨男か雨女が紛れ込んでいたのだろう。ま、ホコリ鎮めで良かったのだが。

 左写真は21日の様子。場所は工房の下で、左側にギャラリーがちょっと見える。
 工房下のニッチには小さな出店が三つほど。一番手前が造形作家・増満兼太郎氏のブースだ。イヤリングなど金工品が並んでいる。三谷龍二さんの後ろ姿も…。
 

 
 竹林イベントでもおなじみ「トコロカフェ」のブース。
 夫婦で連れ立って、珈琲豆持参で来てくれた。建築家ビジョイほかインド人参加者にも好評。


   当日のギャラリー内部の様子。
 Maki布があちこち垂れ下がり、三谷氏の木器や増満氏の皮革作品、真木雅子のカゴも並ぶ。
 
 牛の儀式。
 Makiストールで飾られた牛二頭が、工房中庭に招かれ、マリーゴールドの浮かぶ水盤の水を飲む。(ホントは象の予定だったのだが調達できなかったらしい)


   夜の中庭。インド古典の若い歌手カティヤイーニさんによる、カビール詩歌のコンサート。カビールはインド中世の国民的詩人で、自身、織工であった。手前左側に後ろ姿のカティヤイーニさん。

 翌22日の夕方。
 工房から車で20分ほどのガンジス河畔。(左写真)
 毎夕行われる祈りに、Ganga maki工房も炬火を奉納する。右から二番目が当工房奉納の炬火。工房スタッフのほか、日本から来たお客さんも大勢列席する。
 「ganga maki studio」という名前が何度か放送されたが、gangaとはガンジス川、maは母、kiは「の」という意味。それゆえ、ganga maki studioとはヒンディー語で「母なるガンジスのスタジオ」ということになる。周囲のインド民衆の耳にどんな風に響いたか!?
 

2月25日(木) 衣ショーの人々

 2月21日、gallery ganga makiオープニングの真南風&Makiの衣ショー。
 右写真が控え室の工房第2棟だ。スタイリストの石橋クン(右端)が髪を整え、真砂三千代さんと大村恭子が中心になって着付けをしている。

 この第2棟から外に出て、中庭を一周しながら、衣を披露するという趣向だ。
 BGMはヒマラヤの太鼓&鉦のライブ演奏。




   
最初に登場は大村恭子。手にバラの葉舟を持ち、それを中庭の水盤に浮かべる。
腰巻はタッサーシルク生地。ブランケットふくふくを羽織っている。
  二番手は工房スタッフのシーラ。仕上げ担当で、主にストールのフリンジを結んでいる。ソフトフレアの麻パンツに、マルダギッチャのストール。
  仕上げ主任のサンギータ。「短身太目でもモデルできるんだ!」と堂々の登場。グレーのブラウス&kotiベストに蘇芳染めのストールが映える。
   
ラケッシュの新妻スリスティ。いまだ蜜月中。kotiチュニックの上と下に二枚のストールをあしらう(上・二重ビームgicha、下パストラル)
  若い南インド人建築家スリジャヤ。工事初期の一年半、当現場に常駐。長身痩躯容貌美麗。着用のスカートthinギャザーは今回人気であった。
  北京ギャラリー失物招領のオーナー珊珊(シャンシャン)。インド仏道修行の帰りに立ち寄る。麻タビー格子のベッドカバーをゆったりと羽織る。
   

巨匠ビジョイも登場。真南風の上下(スディナとパー)に藍染め絹布をまとう。巨躯ゆえにスディナが短く見える。裸足が格好良い。(ほかの人は草履)

  かわいらしいスープリアだが、Maki布の知識と日英印語を活かして今はギャラリーganga makiの主任だ。藍の真南風上下(パーとジュバン)&空羽ストール。
  建築インターンのエウジェニア(伊)。昨年9月から現場常駐。こちらも長身痩躯美麗。イタリア訛の英語で頑張っている。藍染め真南風ジュバン濃淡二枚を重ねる。
   
元・遊牧民で、今はウール主任の織師マンガル。自ら織ったブランケットふくふくを羽織る。下は真南風のパー(ズボン)藍染め。
  テーラーのヴィカス。通常は工房第3棟(背景左端にちょっと写っている)でJUKIミシンを操っている。グレーの真南風スディナとマルダストール。
  大きな拍手に迎えられ登場のカルティック。温厚な性格でここ2年近く、現場建築家としてビジョイに仕える。紅露染めのパーとグレーのサラリ。
   
アビシェーク。スープリアの許婚(らしい)。客室乗務員を目指して就活中。そのうちJat Airwaysの機内で出会うかも。紅露染めの真南風上下(スディナとパー)。  

ヘアスタイリストの石橋クン。当地で3日間50人の髪をカットしたという。麻タビー格子のサロンスカートを腰に巻き、マリーゴールド染めの絹生地を首に。

  こちらも大拍手の中で登場のラケッシュ。ganga maki工房長だ。グレーの真南風スディナの上に、石垣昭子「上布スディナ細縞」を羽織る。
 
そしてトリはインドのトップモデル、ラクシュミ・メノン。さすがプロのカリスマに目は釘付け。絹手織地(ミュージアムピース)生成を羽織って。  

最後に真砂三千代&真木千秋のデザイナーふたりが手に手を取って登場。ともにスディナ姿だ。真砂さんは藍染め、真木千秋はムガシルク天然色。
背後でビジョイが指笛で囃し立てている。


 

2月22日(水) 真南風&Maki衣ショー

 昨2月21日、gallery ganga maki(ギャラリーガンガマキ)のオープニング。
 今回は内覧会ということで一般向けではなかったのだが、日印を中心に様々な国から百人ほどの参加があっただろうか。
 お伝えしたいことはいろいろあるが、私ぱるばもお客さんの対応に忙しく、なかなか時間が作れない。
 それで、まずは、いちばん華やかだった、真南風(まあぱい)&Maki衣ショーの写真をご紹介しよう。
 衣デザイナー・真砂三千代さんの着付けで、16名のモデルが工房中庭を歩く。
 ひとりを除いてみな素人のモデルなのだが、なかなか格好良い。
 ショーを終え、真新しいギャラリーの前で記念写真。
 個々の写真は、また明日あたり掲載しよう。
 




 

2月20日(月) 樹下の理髪師

 明日の新ギャラリー・オープニングに向けて、連日、大勢の人々が来ganしている。
 今回は「内覧会」ということで日本のギャラリー関係者や作家仲間がメインだが、中には腕に覚えのメンバーも居る。
 そのひとり、イッシーこと石橋クン。ヘアースタイリストだ。
 竹林に通い出して数年。ついにインドまでやって来た。

 インドの田舎では、よく樹下に床屋が店開きしている。
 あののんびりした風情がいかにもこの国らしい。
 イッシーにも是非、ganga工房の樹下で床屋を開き、工房メンバーの髪を整えて欲しいと思っていたのである。
 それが今日実現。
 工房の畑に生えている野生イチジクの樹下に、椅子と鏡を据え、「バーバー・イッシー」が店開き。もちろん洗髪台なんかないから、カットだけ。
 代金も田舎価格で10ルピー。(これに屋根がつくと50とか100に跳ね上がる)。
 仕事の合間を見て、私ぱるばを始め、工房関係者が次々に店を訪れる。今日は半日で15人ほどカットする。はたして樹下の床屋で、自らの職業の原点を垣間見たであろうか!?
 写真は、愛用のmakiストールをたすき掛けにして、布仕上げ責任者サンギータの長い黒髪に手を入れる石橋クン。


 

2月18日(土) ムラの香

 竹林スタジオでもよく使っている椅子、「ムラ」。
 shopのお客さんにも人気で、時々インドから運んできて売り出すと、だいたい初日に無くなってしまう。
 電車で来店した人も手で持ち帰ったりする。きっと帰りの電車の中で座っているのだろう。

 それが今日、たくさん来ganした。
 軽トラで、百脚。
 さっそく大村恭子がいそいそと新ギャラリーに運び込んでいる。 (上写真)
 ここganga工房でも日常的に使用しているが、特に今回のオープニングでは大勢のお客さんを迎えるので必需品なのだ。

 隣州ウッタルプラデシュから届いたものだ。
 ガンジス河の畔に、サルカンダという植物が生えている。巨大なススキみたいなもので、高さは4mにもなるという。
 そのサルカンダの茎を二重に巡らせて胴とし、葉っぱで縄を綯(な)って座面を編んでいる。
 座面から飛び出た「臍の緒」は、携帯あるいは収納用のヒモだ。邪魔だったら座面の下に押し込めば良い。
 隣州ガンジス河畔のとある村で、3〜4百軒の家がムラ製作に携わっているという。一日がんばって一家で二個ほどだそうだ。
 市販のものより底部をしっかり作ってもらっている。
 できたてのムラは、新しい畳のような良い香がする。藺草(いぐさ)と同族なのだ。和室との相性も良好だろう。

 問題は運搬だ。このトラックごと日本に行ってくれたらと思うが、なかなかそうもいくまい。
 ganga布製品の航空荷物に忍ばせて運ぶほかない。
 数がまとまったらまた竹林で販売するので、ときどきHPをチェックのこと!
 


 

2月17日(金) ギャラリー展示とカマドのサモサ

 東京五日市も今日は20℃まで気温が上がったようだ。最低気温がマイナス1℃だから、日較差が21℃。これはチトびっくりだ。
 こちらの今日の最高は24℃。日較差は8℃だから、かなり快適な気候である。

 オープンを四日後に控え、今日からギャラリーの展示作業が始まる。(写真上)
 大村恭子が椅子の上に載って奮闘している。(わりあい高い所が好きらしい)
 大理石の屋根を通して柔らかい光が降り注いでいる。
 しかしチト柔らか過ぎるので、天井からLEDライトを垂らして補助光とする。
 床は油をつかってキレイに磨き上げられている。
 作業は夜まで続けられ、いちおう形になったようだ。

 外ではサモサワラ・ティモケ(サモサ屋・北村朋子)が、サモサづくりの実地演習をしている。
 サモサというのは、言うまでも無くインドの人気スナックだ。ティモケにはよく竹林のイベント時に店開きしてもらう。
 今回はganga工房で店開きのために特別招聘だ。インドのスナックのために日本から招聘というのも妙な話だが、ま、そのくらいの価値があるのだろう。
 今回はクラシックな趣向で、竈(かまど)バージョンだ。サモサのために特別、土で小さな竈を作り、薪を燃やして、油で揚げる。(下写真)
 ガスと違って火力が安定せず、これがなかなか難しい。
 そこでラケッシュ母(写真右端)に火の番をしてもらって、サモサを揚げる。ラケッシュ母は、ヒマラヤ山村、竈のある家で生まれ育ったので、火の扱いは慣れている。21日の本番も、このコンビで調理にあたるようだ。
 揚げたてのサモサを、真木千秋が美味しそうに食べている。


 

2月16日(木) 昼下がりの非常時

 気温が23℃まで上昇した昼下がり、工房関係者が突如、次々と針場に呼ばれる。
 そこに待ち受けるのは、真砂三千代さんと、真木千秋、そして大村恭子。
 呼ばれた人々は、この三人によって、強制的に上下の衣を着せられ、ストールを巻かれるのであった。
 織師、テーラー、お針子、建築家、建築労働者…
 みな一瞬怯(ひる)んだりするのであるが、着せられてみると、まんざらでもない様子。
 Maki衣と真南風(まあぱい)衣で、今日は13体ほど。
 上写真を拡大してもらえれば、見知った顔もちらほら見えるであろう。
 ちなみに真南風とは、「石垣昭子・真砂三千代・真木千秋が一緒になり、自然素材を使って、昔あったような暮らしの中に生きる衣を現代に紹介しようという試み」だ。

 着付けが完了すると、衣ショーのリハーサル。
 ヒマラヤの太鼓と鉦(かね)のリズムに合わせ、工房中庭をしずしずと歩む。
 歩行指導は大村恭子だ。もう何度も弊スタジオの衣ショーを経験しているので慣れたものだ。(下写真左端)

 下写真の手前右がベテラン織師のサジャッド。その左が同じくマンガル。
 それぞれ、自分の織った絹ストール(サジャッド)とウールストール(マンガル)を纏っている。
 二人ともファッションショーのモデルなど初体験であろうが、けっこう渋くハマっていた。(昨日のラクシュミ・メノンに勝るとも劣らない!?)

 ちょうど午後の休憩時間にも重なり、呼ばれなかったその他大勢はチャイカップ片手に楽しそうに眺めていた。自分の関わった布々がこんな風に生きるのか、きっと目を見張ったことであろう。


 

2月15日(水) 衣ショーの密議

 今日は休日。
 州知事選挙の投票日だ。
 国政選挙の時もそうだが、投票日は休みになる。
 さすが「世界最大の民主主義国」である。
 …が、ひとつ疑問なのは、なぜ日曜日じゃなくて、わざわざ平日を休みにして投票日にするのか??
 インド人建築家のカルティック君に聞くと、「それは休みが欲しいから」だそうだ。

 誰もいない針場(縫製工房)でなにやら密議する二人。(上写真)
 衣デザイナーの真砂三千代さん(右)と大村恭子だ。
 ギャラリーオープンを六日後に控え、その準備のため、日本から続々と人々がやってくる。二人も昨日朝、工房に到着。

 2月21日のオープニング当日は、衣ショーも予定している。
 真砂三千代さんの来訪もそのためだ。
 真砂さんとは『真南風(まあぱい)』プロジェクトなどでここ十数年、一緒に仕事している。衣ショーの開催もたびたびだ。
 今回は二十体ほど準備するという。
 一体につき、ストールも含め衣が四点ほども必要となるから、これはなかなかの仕事であろう。

 衣ばかりではない。
 それを身につけるモデルも必要となる。
 そのあたりもぬかりはない。
 たとえば、用意したモデルのひとりが下写真。
 ご存知の方もあろう、ラクシュミ・メノン Lakshmi Menon。
 Vogueなど欧米のファッション雑誌にもよく登場するインドのトップモデルだ。
 この写真は四日ほど前、工房を訪れ、自ら購入の上下を身につけて登場した時のもの。
 六日後、三千代さんのコーディネートでラクシュミがどんな風に現れるか、楽しみなことだ。
 


 

2月13日(月) 元祖レモングラス

 新工房敷地の西の端。
 土手の上にモクモク生えているススキみたいな草。
 これ、レモングラスだ。
 インド原産だという。
 どうりでほとんど野草みたいに繁茂しているわけだ。

 数日前から、シェフのマニッシュ君(写真上の人物)が、暇を見ては収穫作業に勤しんでいる。
 きっと今ごろが適期なのであろう。インドでは数千年前からアユールヴェーダなどで用いられてきたとのこと。

 四日ほど天日で干して、できあがり。(写真下)
 さっそくマニッシュ君がレモングラスティーを淹れてくれたが、驚くほどウマい。爽やかな色と香りで、心身もリフレッシュ。
 ここのところ来客が多くて疲れ気味だったマニッシュ君も、今日はレモングラス効果か、爽やかな表情。

 ま、自家製は何でもウマく感じるものだが、これで工房のドリンクも種類がひとつ増えた。
 めでたしめでたし。
 薬効もいろいろあるようだから、せいぜい親しみたいものだ。
 みなさんもご来ganの折にはぜひどうぞ!


 

2月12日(日) 沙羅のテーブル

 思えば、弊スタジオのギャラリー・テーブルは、それぞれに名建築家の手をわずらわせている。
 Maki青山店のテーブルは、中村好文氏のデザインに依るものだった。
 今は竹林母屋の座敷に鎮座し、日常の営みや展示会に活躍している。たしか栗材だったと思う。興味ある人はこんど来竹の折にご覧を。

 こちらGallery Ganga Makiのテーブルはビジョイ・ジェインのデザインだ。材は現地産の沙羅で、昨年8月、当地の材木屋で出会った大物
 中村氏のテーブルとは対照的に、丸太をスライスしたそのまんまだ。
 中心部の四枚をギャラリーの展示台に使っている。それぞれ、長さが7メートル弱、幅は50〜70cm。
 厚さが5cm以上あるから、「板」という以上の重量感がある。もちろん、一人や二人では持ち運べない。

 昨日までは下の写真に見るごとく、二枚の天板の下にスタンドを置いて高くしていた。(メインのスペース)
 今日はビジョイの指揮の下、スタンドを外し、床近くに置く。(上写真)
 2月21日に予定されているギャラリー・オープニング用のしつらえだ。
 天板はサンドペーパーで磨かれているが、今のところ塗装は施されていない。
 「脚」は建築に使った砂岩の端材だ。

 下写真は奥のサイドスペース。二枚の天板を床近くに並べている。
 奥にビジョイと真木千秋が見える。
 ビジョイはこの後、昼過ぎの便でデラドン空港からムンバイに戻っていった。その足で地球の裏側ボストンに飛び、ハーバードで講義だそうだ。それから再び当地に舞い戻って、ギャラリー・オープニングに臨むという予定らしい。

 そのほか、照明とか、ストールを架ける輪とか、ギャラリーオープンに向け、検討課題が幾つか残っている。それも楽しい詰めの作業であるようだ。


 

2月11日(土) ギャラリー・プレオープン

 昨日の2月10日。
 北インド、ganga工房併設のギャラリーが、プレオープン。
 その名も、gallery ganga maki。

 工房の名称「ガンガ・マキ」の上に「ギャラリー」をくっつけただけの、シンプルな名前だ。
 ギャラリーの「G」とガンガマキの「G」が頭韻を踏んでるみたいで、ちょっと語呂が良いでしょう。(この語順は建築家ビジョイの発案)
 工房建設の掉尾を飾る…、というか、遅々として進捗しなかったギャラリーも、このたびやっと完成の運びとなった。それで今月21日をオープニングと定める。
 ところがその前の昨2月10日。あちこちから来客があり、それでは予行演習ということで、プレオープニングをしたわけだ。

 記念すべき最初のお客は、アメリカから来たマンゴリアン教授夫妻とその生徒たち約三十人。このマンゴリアン教授はじつは建築家ビジョイの恩師である。昨年も建築科の生徒たちを引き連れ建設途中の新工房を訪れている。今年の生徒たちは、地元アメリカのほか、中国や韓国など東洋系も多かった。(日本人はどこで学んでいるのかな?)
 上写真は教授夫妻にギャラリーの構造を説明する真木千秋。マンゴーの木漏れ日がウールのストールを飾っている。

 その後、ビジョイ本人が、欧州人を十名ほど引き具してムンバイから到着する。南仏のニース・プロジェクトに関わる人々だ。ビジョイの設計により尼僧院をホテルに改造しようというもの。弊工房プロジェクトの七倍ほどの規模だというから、どのくらいかかるんだろ??(予算と工期)。
 この尼僧院ホテルには、弊スタジオの布も使われるらしい。(ニースの尼僧院っていうのも韻を踏んでいる)

 下写真はギャラリーの前庭。
 尼僧院プロジェクトの関係者とデザインを検討するビジョイ。(右から四番目)
 陽も傾き、時刻は午後4時45分。外気温20℃。
 日本で言うと、四月下旬くらいの気候だろうか。まことに心地よい。


 

1月22日(日) 加藤けんぴ店

 先日の昼どき、加藤けんぴ店を訪ねる。
 場所は東京国分寺、伝説の珈琲店「ねじまき雲」のお隣である。
 名前のごとく芋けんぴの店であるが、店先には「おにぎり」の旗がへんぽんと翻っている。(上写真)

 じつはこちらの店主・加藤氏には、来月、竹林に登場いただくのである。
 2月24日から東京五日市の竹林shopにて「2月のお楽しみ(sale!)」を開催。その初日から三日間、加藤けんぴ竹林店がランチを供してくれるのだ。
 メニューは、鉄釜で炊いたご飯で結ぶおにぎり、惣菜、そして味噌汁。
 竹林ランチといえばラケッシュのカレー!であるが、時には「和」も良いであろう。(「印」も恋しいという人のために、加藤氏はインド風おにぎりも結んでくれるらしい!?)
 加藤氏のおにぎりは、梅干しや昆布、鮭といったオーソドックスなものから、ツナマヨ、鶏そぼろ、玄米塩にぎりなど多種多様。塩加減もちょうど良く、鉄釜効果か米に甘みが感じられる。味噌汁もホカホカ。

 もともと家具デザインを志していた加藤氏。その関係でトコロカフェに通い始め、それからねじまき雲に出会い、竹林にも何度か足を運んでくれている。その後、芋けんぴやおにぎりの奥深さに目覚め、その道を進むことに。デザインの素養は店作りなどに活かされている。

 竹林店では、おにぎりランチのほか、もちろん芋けんぴも並ぶ。2月の竹林には皆さんぜひ腹を空かして来ていただきたい。 2月24日〜26日。AM11:30〜
 (27日以降は庭師・高橋氏が焚き火で焼き芋をしてくれる予定)


 

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