絲絲雑記帳

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0/「建設篇」




 

11月18日(土) オカベマサノリ in 荻窪

 久しぶりに雨交じりの霜月11月。
 上京ついでに中央線の荻窪駅に途中下車。
 こちらには当スタジオと縁も深いギャラリー「アステラス」がある。
 先日も当スタジオの展示会を催していただいた。

 現在は「古代ビーズ」オカベマサノリ展を開催中。
 この人も当スタジオと縁の深い人だ。
 2015年春に竹林で展示してもらったのだが、ウチのお客さんたちに思わぬ(失礼!)大好評であった。
 今度はいつ?という声に応え、来年3月2日から五日間、オカベ氏にまたやってもらうことにした。
 メノウや水晶、ガーネットやガラスなどのビーズを使った、ネックレスや指輪などのアクセサリー。そもそもMakiの服に合うように作ったというから、ウチのお客さんに好評なのもむべなるかなである。

 最近とみに大人気のオカベ氏であるが、このアステラスはもう17年前からオカベ氏の展示会を開催しているという。オーナーの小野寺さんも慧眼なのだ。
 アステラスのオカベ展示会は来週水曜まで。来春まで待てない人はぜひどうぞ!






 

11月10日(金) 蓼藍体験

 竹林スタジオから車で10分ほどのところに藍染工房「壺草苑」がある。
 本格的な灰汁発酵建で藍染を行う、全国でも数少ない工房のひとつだ。
 工房主の村田徳行氏には、かつて弊スタジオで藍を建てた際にもだいぶお世話になった。

 今、弊スタジオには、インドganga工房から染師のディネーシュが来ている。ganga工房で彼は、インド藍草にて藍を灰汁発酵建し、藍染めを行っている。
 インドの藍草と日本の藍草は、植物の種類が違う。インドはマメ科で、日本はタデ科。壺草苑はもちろん日本の藍草を使っている。
 ここ壺草苑では、藍染め体験を随時行っている。貴重な機会なので、ディネーシュにも参加してもらう。昨11月9日のこと。

 最近は外国人の関心も高いという天然藍染。 昨日も近隣にある米軍横田基地の関係者16人が藍染体験に訪れていた。日米の婦人たちに連なって藍染の説明を聞くディネーシュとサリータ。(上写真)

 丸い藍甕(上写真)や長方形の藍槽(下写真)には既に藍が建ち、特有の匂いがたちこめる。
 その長方形の藍槽で布を染めるディネーシュとサリータ。(下写真)

 染師ディネーシュは手袋もせず藍の液に手を入れる。ganga工房の藍甕に比べ液温が低くてちょっと驚いた様子。
 藍液から布を引き上げた時の色も違っている。インド藍は緑っぽいが、蓼藍はより黄味が強い。それでも最終的な染め色はそれほど違わないようだ。
 一方、ganga工房では縫製の主任であるサリータは、藍の絞り染めが楽しかった様子。二日後にインドに帰国するが、良い土産ができた。






 

11月7日(火) 囲炉裏の端で

 ヒマラヤのみのり展五日目の今日は、暦の上では立冬。
 それを口実に、まだチト早いんだけども、母屋の囲炉裏に火を入れる。
 江戸・文政年間の古民家だから囲炉裏も二百年ほど昔のものだろうが、通常はほとんど使われることがない。火が入るのは年始のハギレ市と、今くらいのものだろう。
 母屋にはtocoroカフェが店開きしているが、囲炉裏端で飲む珈琲はまた趣あるものである。

 秋の日も暮れ、誰もいなくなった囲炉裏端で、やおら針と糸を取りだし、チクチク作業を始める女子ひとり。テディベア作家の大村風生(ふき)
 何をやっているのかと聞くと、ブローチの仕上げだという。

 じつはこの風生嬢、弊スタジオのキッチンである和食店「魚冶」の娘で、幼少の頃よりMaki布に親しんできた。チクチク歴もMaki布歴も、二十年になんなんとしている。ハギレ市などの折々に、せっせとMaki布を入手。その厖大なコレクションを見るとMakiの歴史を辿るようだ。
 その布を利用して、縫いぐるみを作るのである。
 手先が器用なのであろう、その作品はみな非常に小さい。(寡聞にして知らなかったが、縫いぐるみは小さいほど高価であるらしい)

 今日作っていた鳥のブローチも、長さが4cmほど。
 十種類のMaki布を使っているという。本体のグリーンを初め、綿カディが四種、シルクが六種類。
 囲炉裏端で半時間ほど作業して、完成したのが下写真。背景は弊スタジオのティーマット。カラフルな翼が可愛らしい。(なんとなく鳩サブレー!?)
 風生嬢はこのほか、弊スタジオ布で、クマやウサギ、ネコ、鳥などを作っている。ちょっとビックリの作品群だ。みなさんも見てみたい!?

 ともあれ、展示会も囲炉裏カフェも今年はあと二日。
 明日も火を入れる予定なので、まだ来ていない人はぜひどうぞ! (もう来た人も)

 






 

11月2日(木) 絶品ヒマラヤ山村ランチ!

 昨日作ったカマドで、今日はランチの予行演習だ。(上写真)
 いつもは無粋な井戸端も、Maki布が敷かれ、クッションがあてがわれ、ちょっとコージーな田舎のキッチンに様変わり。
 写真の右側がスリスティ(ラケッシュ妻)で、ローティ(インドパン)を円形に延ばしている。それをサリータ(ラケッシュ姉)がカマドで焼き上げる。二人とも十歳の少女時代からカマドでローティを作ってきたから、こうした作業はお手の物だ。

 インドの家庭を訪れると、主婦がローティを焼いてくれる。基本的に手順は同じだ。生地を丸く延ばし、鉄板の上で両面を焼き、それを直火にかざして膨らませる。風船みたいに膨らむと上等。ただひとつ違うのは、ガスで焼くか、薪で焼くかだ。どちらがウマいかは言うまでもあるまい。
  上写真手前が焼き上がったローティ。その横にあるラケッシュ作のサブジ(野菜カレー)と一緒に食べる。あるいは、ギー(インドの精製バター)をつけて食べる。
 ただ、穀物人間である私ぱるばの個人的感想を言えば、何もつけず、焼き上がりをそのまま食べるのが一番かな。
 ともあれ、今回のメニュー、歴代の竹林ランチでトップかも。

 この美味は、ひとつには雑穀「コド」のゆえである。
 日本ではシコクビエと言われるコド。ヒマラヤ山村でよく食される。粉に挽いて、小麦粉と混ぜてローティにするのだ。滋養豊かで体を暖めてくれる。(ために山村では夏には食わないらしい)
 私はこのコド・ローティが大好きで、ganga工房滞在時は夏でも冬でも食べている。小麦オンリーの普通ロティに比べ、香ばしくて味わい深い。
 ただ、工房では通常、ガスを使う。残念ながら、薪で焼き上げるコド・ロティは滅多にお目にかかれない。おそらく日本では初の試みなのではあるまいか。

 下写真は、工房近所のコド畑。
 秋を迎え、穂も赤く色づいてきた。

 






 

11月1日(水) 祭の準備

 毎年今の時期に、ここ竹林では秋の展示会が催される。
 言ってみれば、弊スタジオの秋祭だな。
 収穫祭…みたいなものか。

 ヒマラヤのみのり展を明後日に控え、スタッフそれぞれ準備に勤しんでいる。
 店の展示、布の仕上げ、小物の値段つけ、染場の整備、案内表示の作製、芭蕉の葉切り、旗の準備……細かな作業が数限りなくある。
 そのほとんどはスタジオの女たちが手際良くこなしていく。竹林展示会十有余年、その積み重ねの賜物だ。

 男たちはだいたい、ちょっと変わったことをしている。
 たとえば、井戸の傍ら、二人で泥をこねている。(上写真)
 ラケッシュ(左)と、おととい来日のディネーシュだ。
 何をしているのかというと、カマド作り。
 今回のランチメニューは「ヒマラヤ山村のお昼ご飯」だ。ガスコンロのない昔、インドの家庭ではカマドで火を焚いてチャパティを焼いていた。ヒマラヤの山村にはまだプロパンガスが行き渡らないため、今でもカマドでチャパティを焼いたりする。私も山村を訪ねるたびに御馳走になるのだが、ちょっと灰のついた全粒粉のチャパティ(現地ではローティと呼ぶ)は、香ばしくて、パリッとしていて、とても美味しい。
 ディネーシュも山村育ちゆえ、カマド作りは慣れたものだ。
 明日、やはり山村出身のサリータがチャパティの試し焼をするが、さて本邦初(!?)のヒマラヤ山村チャパティ、いかなる仕儀に相成るか。

 いっぽう、高い所の好きな私ぱるばは、ハシゴの最上段より更に上の、枯れ枝切りだ。(下写真)
 三日ほど前にも大枝が前庭に落下し、おびえるスタッフが約二名。
 我が複雑なる計算によれば、弊スタジオの庭で大枝が人間の頭上に落ちかかる確率は数千年に一度 — ではあるが、それでも除去できるものはやっておこう。
 下写真、ハシゴの上に居るのが私。下から見ると大したことないが、上に登るとけっこう怖いのである。それで命綱を使っての作業。
 直径十センチほどもある枯れ枝を、どうにか切り落としたのであった。ドサッ!という落下音が、けっこう迫力あった。
 枯れてはいたがまだしっかり充実していたので、良い薪になりそうだ。
 (余談であるが、私の名前Parvaはサンスクリット語で「祭」という意味)

 というわけで、祭の準備に余念のない竹林スタジオである。

 




 

10月31日(火) 縁卓のインド人

 昨10月30日。
 台風と入れ替わりに、西方天竺より四名の客人が到来。
 左写真、卓に就いているのが、左から、サリータ(女)、ディネッシュ(男)、スリスティ(手前女)、そしてラケッシュ(男)。みな、北インドganga工房のメンバーだ。
 インド航空306便にて朝の8時に到着。(最近のインド航空はかなり正確)。機内泊の疲れもモノかは、まず強風の中「海ほたる」を見学。その後、渋滞の首都高を通り抜け、南浦和のギャラリー「縁卓」に立ち寄るのであった。
 ここ縁卓では、折しも、弊スタジオの展示会が催されている。自分たちの手懸けたものがどのように紹介されているか、見学するのも大事なことだ。
 更に店主の中村英樹氏(写真中の立っている人物)は、二年前に渡印、ボランティアとして二週間ほどganga工房建設の手伝いをしてくれたこともある。そうした縁で、工房メンバーともすっかり顔なじみなのだ。
 ここ縁卓ではランチにカレーを供している。海外が初めてのサリータとディネーシュの初食事には好適であろう。インド人にカレーを出すというのは英樹氏にとってやや微妙な部分もあろうが、プロのシェフ・ラケッシュ曰く「日本でこの味を出すのは難しい」とのことで、みんな大満足であった。英樹氏はタンドールで焼き芋も作るのであるが、それもまたすこぶる美味である。今度ウチでも真似してみよう。
 ここ縁卓のスペースは、もと自宅倉庫を英樹氏が自分で改装したもの。梁と土壁、柔らかな照明に、弊スタジオの織物がよく映える。展示会は11月5日まで開催なので、お近くの方はぜひお出かけを。(お遠くの方も)




 

10月17日(火) 布と花 — フローリスト発売

 誠文堂新光社の『フローリスト』11月号が手許に届く。
 その末尾に連載の「挿花家・谷匡子さんが訪ねる 花と日本の手仕事」シリーズに、今回、弊スタジオが採り上げられる。
 じつはコレ、昨年12月に取材されたものだ。
 花には季節があるから、それに合わせて十ヶ月後の今、発行となったわけ。
 誠に深慮遠謀である。

 掲載ページを開いてみると、弊スタジオの布をバックに、谷匡子さんの挿した菊花が乱れ咲いている。布と活け花、なかなか見事。
 「日本」というより「インドの手仕事」なんだけれども、4ページにわたって弊スタジオの布や活動が紹介されている。

 この『フローリスト』、花好きな人にはたまらない雑誌であろう。
 それで思い出したが、同じ誠文堂新光社が出している雑誌に『天文ガイド』というのがある。星好きであったぱるば少年にとって、一時期、バイブルのような存在であった。
 みなさんもこの記事を参考に、弊スタジオの布に花をあしらっていただきたい。




 

10月7日(土) 色とりどりの繭 — 日本野蚕学会

 昨10月7日、 日本野蚕学会の第23回大会が東京農大で開かれる。
 この学会には1994年の国際野蚕学会・穂高会議以来のご縁だ。
 某教授いはく「何でもありのゆる〜い学会」ということで、私ぱるばもいろいろお世話になっている。今回は会場の入口に弊スタジオのストールまで垂らされていた。(別に私がやったわけではない)
 会場内には展示スペースもあり、野蚕関連の製品などがいろいろ紹介されている。特にユニークだったのは東京清澄に野蚕ミュージアムを運営する桧山桂子さんの展示。実はこのヒト、かつて弊スタジオのなんとなくスタッフで、クレージーケイコと呼ばれてかなり活躍していた。(会場入口のストールもこの人の仕業)。数年前から野蚕に関わり始めて、更にそのクレージーさに磨きがかかり、今ではその中核メンバーとして学会に欠くことのできない存在となっている。特筆すべきは、たぐい稀なる野蚕愛によってエリ蚕の母となり、何代にもわたってその飼育に取り組んでいることだ。そしてエリ真綿やエリ絹糸はもちろん、エリ缶詰、エリチョコレートまで開発し、我々を困惑させているのである。
 今回の彼女の展示の中でとりわけ目を惹いたのが、「エリ蚕繭」(左写真)。色とりどりで美しい。実はこれ、エリ蚕とシンジュ蚕の交雑種である。エリ蚕繭といえば基本的に白で、ほかアッサム州コクラジャール地区には煉瓦色のもある。展示の交雑繭は、白のほか、黄色、オレンジ色、ベージュなどいろいろだ。精練して糸にすると薄ベージュになるらしい。シンジュ蚕というのは野蚕の一種で、エリ蚕の近縁だ。
 実はganga工房でもエリ蚕の飼育を試みているのだが、その蚕種はこの桧山桂子さんにもらったものである。ただ、真夏の暑さで絶えてしまい困っていた。エリ蚕は家蚕などと違って休眠しないので、周年飼育が必要なのである。
 学会では様々な研究発表が行われたが、その中でひとつ面白そうなのがあった。「エリ蚕とシンジュ蚕の雑種作製および形質解析」というものだ。
 シンジュ蚕には休眠性はあるが、糸は採りづらい。こうした研究によって、盛夏を休眠して過ごし、糸の採りやすい交雑種ができたら、きっと便利に違いない。色のバラエティも期待できるし — 。
 次回の国際野蚕学会は来年1月末にインド・アッサムで開かれるので、関心ある人はぜひどうぞ。(非会員でも出られる)


10月1日(日) アライ・ラマのこと

 アライ・ラマが逝ってしまった。
 六日前のこと。
 急逝だ。
 オレ(ぱるば)はその一週間前に電話で話したばかりだった。
 こんな感じだったと思う…

  — どうですか調子は?
 う〜ん、あまりよくない
  — そうですか…。ところで、おかげさんで、最近はよく中国で展示会するんですよ。
 (急に明るくなって) ああそう、それは良かったね!
  — 今度は、いつ中国でやるんですか?
 うん、年末に、香港でね。
  — あぁ、そうですか、香港ですね!
 うん、また行くかい?
  — はい、またカバン持ちでご一緒します…

 アライラマすなわち新井淳一氏とオレは、中国という共通の趣味があった。
 今まで二回ほど、氏の中国展示会にカバン持ちで同行している。2010年春の北京と、同年秋の南通だ。
 ウチの仕事とはまったく関係ない楽しい旅であったが、氏はそのまったく関係ないMakiの布を中国に紹介しようと一所懸命であった。

 弊スタジオでは、今までに二度、新井淳一展を開催している。2003年の「 未来へのVINTAGE」展、そして2008年 の「生成の布」展だ。
 嗚呼、せめてもう一度、やりたかった!!

 そして何より、氏は真木千秋の恩師であった。
 ちょっと長いが、拙著『タッサーシルクのぼんぼんパンツ(1997年刊)』から、氏と真木千秋の出会いの場面を抜粋しよう。
 それは1985年、真木千秋がアメリカRISD(ロードアイランド造形大学)テキスタイル科在学中のことであった…

…日本のテキスタイルプランナー・新井淳一との出会いも、このRISDを通じてのことだった。
 RISDのあったロードアイランド州プロビデンスからニューヨークまでは、直線で約二五〇キロ。それほど遠い距離ではない。長い休みになるとチアキは、テキスタイルの勉強もかねてときどき都見物にでかけるのである。五番街の界隈をうろついて、有名デザイナーのブティックなどを訪れるのだ。ニューヨークにはその頃から、イッセイ・ミヤケやコムデギャルソンが店開きしていた。
 そんな店を訪ねるたびに、チアキはいつも驚いていたのである。生地がすごい。その構造といい、糸の飛ばし方といい、思わずうなってしまう。こんな布が機械で織られ、しかも服にまでなっている。「日本にはこんな人がいるんだ!」。見るたびに感動するチアキであった。

 卒業の一年前、テキスタイル科主任教授のマリア・トローカスが、RISDで『八〇年代のテキスタイル展』というのを企画した。アメリカでは大学で展示会がごく普通に開かれ、多くの人々を集めるのだという。この展示会のためにマリアはかなり前から、すぐれた織物を世界中から集めていた。チアキも暇を見てはその準備作業を手伝うのだった。
 ある日の昼休み、いつもの通りマリアの研究室で荷ほどきをしていたチアキは、あるスウォッチ(織物の断片)を手にして、びっくり仰天した。
 茶色の封筒に入って日本から送られてきた、五センチ角の スウォッチだった。
 一目見て、イッセイ・ミヤケやコムデギャルソンの生地の作者だとわかったのだ。
 差出人を見ると、KIRYUのJUNICHI ARAIとある。そこでチアキは取るも取りあえず、群馬県桐生市の「あらいじゅんいち」さん宛てに手紙を書くのである。いわく、あなたのお作りになる布はたいへんすばらしいと思います、私は今アメリカでテキスタイルを勉強していますが、今度の夏休みに帰国いたします、ぜひ一度お会いできたらと思います…。

 やがて夏休みになり、チアキは帰国する。そして氏に会ったのだ。
 織物の里・桐生の機屋に生まれ、現在にいたるまでじつに様々な織物のクリエーションに携わっているテキスタイル・プランナー新井淳一。すっごくオープンな人だというのが、チアキの第一印象であった。
 この、どこの馬の骨ともわからぬ元気娘を、アライ氏も気に入ったらしい。その夏のふた月間、氏の手引きによって、チアキはめくるめく世界に連れまわされるのである。イッセイ・ミヤケのファッションショー、東レの糸の展示会、桐生の機場、織物作家の展示会…。自分の行く先々にチアキを呼び出し、ありとあらゆるものを見せてくれるアライ氏。それをチアキはことごとく、スポンジのように吸収するのだった。

 テキスタイル・ワンダーランドみたいな夏休みが終わって、再びアメリカへ帰るときのこと。東京・渋谷の駅頭で「いろいろお世話になりました」と別れを告げるチアキ。
 そのときアライ氏に、「あなたは私のいちばん若い友人です」と言われ、いたく感動するのであった。

 チアキにとって、涙の出るほど感動したことがもうひとつあった。
 その年の秋、いよいよ『八〇年代のテキスタイル展』が開幕し、アライ氏がアメリカにやってきたときのことだ。氏の通訳としてロードアイランドからニューヨークへ向かう汽車の中で、アライ氏に、「僕はあなたの字が好きですよ、勢いがある。筆で書いてみるといい」と言われたのだ。
 それまでチアキは、自分の字にまったく自信がなかった。
 あれは忘れもしない小学校のお習字の時間。コツコツと教室内を巡回していた先生が、チアキの机の前で足を止め、じっとお習字を見つめるや、「あなたはクラスでいちばん字が下手ね」と言い放ったのである。
 愛は地球を救うと言われる。このアライ氏の言葉で勇気百倍、チアキは自分の字がすっかり好きになる。
 かくして、真木テキスタイルスタジオの好評ロゴマーク「糸みっつ」も、そして本書の題字「ぼんぼんパンツ」も、みなチアキの揮毫になるものである。

 アライ氏の指南は国内にとどまらない。
「とにかく染織の現場を見ろ、民族衣裳を見ろ」が氏の口癖であった。その言葉に従ってチアキは、アライ氏の組織した東欧染織ツアーに参加したり、博物館用の織物買い付けのためグァテマラに送られたり、また後には自分で中国の雲南省や、タイ、インドネシアに赴き、染織の現場をつぶさに見るのである。

 ところでこの東欧染織ツアーには、チアキの母親である雅子も参加している。それで彼女もアライ氏とジッコンの間柄になったのだ。
 旅から戻ってしばらくたった頃、マキ雅子は夫の貞治とともに氏に密談を持ちかけるのである。
 「センセ、おかげさまでチアキも今度、無事卒業で」
 「それはおめでとうございます」
 「最初は二年だけって約束だったんですよ、なのにあの子ったら、もう五年も」
 「そうなんですか、じゃ親御さんとしても、さぞかし…」
 「そうなんです、もう心配で、心配で」
 「でも、あの人だったら、しっかりしてるから…」
 「いいえ、とんでもない! もう今度ばっかりは、首に縄をつけてでも、帰国させようって思ってるんです!」
 「そうなんですか」
 「そうなんです! それでおりいってご相談なんですが、どこかセンセのご知り合いのところで…」

 一九八六年、チアキはRISDを無事卒業する。しばらくニューヨークで見習い奉公をした後、五年余に及ぶアメリカ生活にピリオドを打って、日本へと帰国。アライ氏の知り合いである総合繊維メーカーT社に職を得るのである。T社といったら、かつてはテトロンを開発し、今は液晶ポリマーなども生産している大会社だ。
 なぜT社だったかと言うと、アライ氏がこの会社とおもしろい仕事をしていたからだ。この人の場合、最新のテクノロジーを駆使してのマジシャンのごとき織物づくりが得意技だ。最近はアルミコートのホログラフィック・ポリエステルとか、チタンコートのナイロンとか、ステンレス百パーセントの糸とか、聞いたこともないような奇妙な糸を使って、妙にキラキラしい布を作っている。(作るだけじゃなくて、ズボンに仕立てて自分で穿いている——電磁波遮断にいいんだと)。そうした奇妙な糸がこの会社にはいっぱいあったのだ。この会社に入れば、チアキも自分とかかわる仕事ができていいだろうと考えたのだ。
 しかしこのような大会社が彼女の肌に合うわけもない。それに、アルミコートのホログラフィック・ポリエステルとか、チタンコートのナイロンとか、ステンレス百パーセントの糸なんて、チアキにはほとんど興味がないのだ。半年ももたずに退職してしまう。いちおう事前にアライ氏にも相談するのだが、もう自分で決めてしまった後だから、どうしようもない。氏は後々マキ夫婦にこう漏らしたそうである、「ほんとにアイツはぜいたくなヤツだと思います。せっかく僕があそこに据えてやったのに…」(以下略)








 

9月22日(金) tocoroとネジ

 昨9月21日、tocoroの上村氏とねじまき雲の長沼氏のトークショーがあった。
 場所は青梅のねじまき雲。
 現在、ねじまき雲の本拠は国分寺だが、ねじ発祥地であるここ青梅店も週一で営業している。

 tocoro氏はときどきこうした対談を企画するらしいが、今回その犠牲者となったのがネジ氏。嫌々ながら登場する。
 …と言いつつ、しゃべらせるとけっこう面白いのがネジ氏だ。それについては竹林で氏に接したみなさんならご存知であろう。(上写真。ネジの背後霊はtocoroのナオコ)
 珈琲の専門家二人と、珈琲大好き聴衆約二十人。交わされる話はあまりに高度でよくわからないところもあったが、珈琲焙煎士ネジ氏の熱い心が伝わってくる。(歩く熱帯雨林と呼ばれるそうだ)。
 tocoroとネジの同業者出会いの一段など抱腹絶倒。こんど竹林で珈琲漫才やってもらうかな。

 店の奥にあるのが、伝説の1kg焙煎機。(下写真)
 このマシンによって、あのネジ豆が、1キロ、また1キロと、こつこつ、もくもく、煎られるのだ。
 感慨深いものがある。
 (煎ると重量がかなり減るんだそうだ)

 会場にはカフェ評論家・川口葉子さんの姿も。
 私は寡聞にしてtocoroとネジしかカフェを知らないから、しょうがなくこの二人に代わりばんこに来てもらってますと言ったら、この二人は最高ですよ、良かったですね、と川口さん。
 ま、専門家が言うんだから、そうなんだろう。

 本22日から三日間、tocoro cafe は、このネジ豆(およびKUSA.喫茶豆)をひっさげて竹林に登場。
 請うご期待!!


 

9月21日(木) 初秋・パンのある風景

 今日から始まった「竹林の秋仕度」展。
 その竹林では朝から「ミーンミーン」という蝉の声が鳴り響き、秋仕度初日としては誠にふさわしいBGM…だったかな!?
 それでも、空は晴れ渡り、爽やかな風の吹き抜ける、ちょっと暖か目の初秋の一日であった。

 竹林shopのデッキには、見慣れぬ立て看板が。(上写真)
 表面には「noco」、裏面には「11:00-16:00 火水休」と書いてある。
 自店の看板をそのまま持ちこんだらしい。
 今は木曜の14:30だから、本来なれば営業時間中ではないか。なんか申し訳ないな〜、何も知らずに青梅nocoに来店する人々には。
 でも、おかげさんで、竹林にお越しのみなさんには概して好評である。中には「カレーより美味しい」とのたまふ御仁もいらして、有難いというか怪しからんと言うか。(ラケッシュ君にはヒミツにしておこう)

 下写真が竹林カフェ内部。
 前景の卓上には、今まさに私ぱるばが食べようとしているランチボックスが。
 メニューを転記すると…

フムスサンド(手前)
ひよこ豆のペーストをたっぷりとパンに塗り、キャロット・ラペと新鮮野菜(トマト、アボカド、レタス)をnocoのもちもちふわふわのパン・ド・ミにサンドしました

パン・ペイザン(奥)
「農夫のパン」という意味で石臼挽きモンブレブーランジェ、ライ麦粉、熟成したルヴァンリキッドをふんだんに使った風味豊かなパンです

秋のフルーツのスパイスコンポート(右手前)
今が旬のいちじく、プルーンをスパイスと赤ワインで煮込みました

フロマージュ・ブラン(ハーブソルト)
フロマージュ・デュ・テロワール(青梅)製。パンペイザンにディップしてお召し上がりください

 さて、その味やいかに!? 私が言うのも何だから、ここはぜひ皆さん自身でご賞味を。






 

9月20日(水) 秋支度いろいろ

 明日からのイベント「竹林の秋支度」に向けて、今日はその会場準備だ。
 竹林shopは臨時休業。
 スタッフ総出で、一日、あちこち走り回る。
 陽が差すとまだ暑いのだが、良い運動になる。
 
 私ぱるばの場合は、まず屋根掃除。
 先日の台風で、ケヤキの葉がだいぶ落ちた。
 そうでなくとも木々も秋支度で、そろそろ葉を落とし始める時期だ。
 なにしろケヤキの大木が五本もあって、葉っぱの数も膨大だから、屋根掃除もこまめにする必要がある。
 なにせ古民家だから、ちゃんと手入れしないといけない。
 イベントはちょうどその良い機会だ。
 みなさんの家もそうでしょう。ときどき来客があると、家がキレイになってよろしい。
 だからみなさんにもせいぜい来てもらわないと — 。

 それにあわせ、山梨の増満兼太郎工房からも、革製のスリッパが届く。
 その数、二十足!
 これは販売用じゃなくて、店で使うのだ。
 さすが増満作品、弊スタジオによく合うでしょう。(下写真)
 ただ、革製だから、雨の日は出さないかも。
 履いてみたい人は、晴れてる日にお越しを!


9月9日(土) たそがれの五日市線

 最近、インスタなるものが流行って困ったものである。
 写真ばっかじゃん。
 ああいうのはあまり好きじゃない。
 そもそも言語や文字を駆使するのが人類ってもんじゃあるまいか!?

 というわけで、今回はテキストのみ。

 最近の地域紙にこんな記事があった —
 「五日市線、青梅線とも減少  1日平均乗車人員と路線別利用状況」
 JR東日本八王子支社の発表だ。
 それによると、2016年度の武蔵五日市駅の乗車人員は、1日あたり4427人。前年度比で101人減っている。率にして2.2%の減。
 う〜ん、ちとやばいかも。
 二年ほど前だったか、JR五日市線は、利用者減少により、昼間の電車が減便されたのだ。
 以前は1時間に3本あったものが、2本になってしまった。一挙に33%減!!
 これは悪循環であるな。便数が減れば、当然、乗車人員も減るであろう。
 こうした傾向が続けば、1時間に2本が、そのうち、1.5本、1本、0.5本……やがて廃線!?
 嗚呼、ローカル線の宿命…

 JR五日市線は地域の生命線であるから、みんなでしっかり守らねば。
 ウチもスタッフのうち、パートタイムも含め4名が五日市線を使って通勤しているから、この4427人のうち2人くらいにはなっているかなぁ…
 う〜ん、休みや出張も多いから、1.5人くらいか…。あまり貢献してないかもな。
 これはみなさんにがんばって竹林に来てもらうほかあるまい。
 それも車じゃなくて、電車で。
 よろしく!!






 

9月5日(火) フェルトラテとパン・ペイザン

 竹林スタジオにtocoro夫婦とnoco夫婦が集合。
 半月後に開催のイベント「竹林の秋支度(9/21-24)」の相談をするのであった。(上写真)

 今回tocoro cafeは久々に、エスプレッソマシンtoco郎をひっさげて竹林カフェに登場。伝説のパシミナラテやシルクラテが復活する。
 それに加えこのたびは、フェルトづくりワークショプ開催に合わせ、フェルトラテも新規開発。メニューに加わる予定だ。豆乳を使い、その色合いと粘性を活かしてフェルトの質感を表現するという。さて、どんなものになるのであろうか。(なお、ワークショップ参加者にはそのフェルトラテが振る舞われる予定)

 ただ、初日の9月21日のみ、tocoroは都合により出店できない。
 その代わり、その日は、nocoがパンとともにカフェも営業することとなる。
 nocoもtocoro同様、ねじまき雲焙煎による珈琲豆を使用しているので、みなさんの嗜好にもきっと合うことであろう。(tocoroのラテ系はKUSA.喫茶の豆使用)

 さて、一昨日お話した、パン・ペイザン。
 今日、noco夫婦が持参してくれた。
 下写真、半分に切ってある大きなのが、そのパン・ペイザン。
 こうしたハード系のパンは、nocoの立地する青梅の山裾ではなかなか売れず、通常、店頭には置いていない。このパン・ペイザン、そのまま食べても良いが、私ぱるばなどは薄くスライスしてカリカリに焼くのが好きだ。(今日の夕食もコレだった)。イギリスタイプの食パンもある。そのモチモチ度は尋常ではなく、トーストして食べると御飯みたいな充実感がある。
 nocoのパンはすべて天然酵母によるものだが、こうしたハード系やフランスパン、食パンのみならず、手軽に食べられる小型のソフト系もいろいろ。ランチに好適。珈琲と一緒にどうぞ!






 

9月3日(日) 青梅のベーカリーnoco

 青梅・二俣尾にあるbakery & cafeのnoco(ノコ)を訪ねる。
 もと青梅夜具地の機場だったという木造の建物を改装した山裾の洒落たお店だ。
 オーナーは佐藤夫婦。奥さんがこちらでパンを焼き、旦那がカフェをやっている。
 こちらの珈琲豆はねじ巻き雲の焙煎で、ねじ巻きつながりである。
 上写真、私の両側が佐藤夫妻。ちなみに私が嬉しそうに手に戴いているのは、フランスパンのカンパーニュ。

 あ、言い忘れていたが、今月21日から四日間、竹林shopで「竹林の秋支度」というイベントを開催するのである。
 その折、こちらnocoさんに竹林でパン店を開いてもらうのだ。

 今回はシェフのラケッシュも居ない。遠路はるばるご来竹のみなさんきっとお腹が減るだろう。そこでランチにもなるようなパンを用意してもらおうという趣向だ。同時出店・tocoroカフェの珈琲にもよく合うはずだ。(tocoroもねじ巻き雲の豆を使用)

 下写真は私が今日、ランチ代わりに頂いたパンの数々。いろいろ趣向が凝らされていて楽しい。基本的に天然酵母で発酵させている。

 noco製品で私の一番気に入っているのが、パン・ペイザン(百姓パン)。
 実はコレ、受注焼成なので、今日は店頭に無かった。(昨日、注文しそびれた)
 全粒粉やライ麦を使った味わい深いパンだ。
 竹林にはきっとこのフランス百姓パンも出現するであろう。
 その折にはみなさん、売れ残らないようにしっかり購入してくれたまへ。






 

8月30日(水) 樹下の昼食

 インドの雨季は日本とチト趣が違っている。
 一日中シトシト降るということはあまりなく、降ったと思ったらほどなくカーッと照りつけることも多い。
 今日なんかはそうで、朝のうち雨模様だったが、昼にはすっかり晴れ渡る。
 私などは天気予報でだいたい当たりをつけて、日が出たらサッと洗濯をする。陽差しは強いので、よく乾く。(しかしにわか雨には要注意)

 上写真は今日の昼時、工房からギャラリーを見下ろしたところ。
 雨上がりの青空のもと、木々の緑も色濃い。
 左下では女たちの一団が昼食をしたためている。

 従業員食堂もちゃんとあるのだが、みんなあちこちで思い思いに弁当を広げる。基本的に男女別々だ。
 下写真がその様子。波羅蜜(英名ジャックフルーツ)の樹下、大きな平石の上で、糸巻きグループが昼食だ。中身はもちろんインド料理。
 よく見ると男子がひとり交じっている。テーラーのビカースだ。女性的細やかさを具える彼は、このグループで人気なのだという。
 この平石は私の昼寝石のはずであったが、すっかり昼飯石に変わってしまった。

 工房事務長のサンジューによると、今年の雨季は活発で、平年より25%ほども雨が多いという。おかげでまだ乾ききらぬ工房の漆喰壁や屋根など、いろいろタイヘンであった。(渇水の心配はないであろうが)
 そんな雨季ももうピークを過ぎ、9月の下旬になれば終了。10月は最高の季節となる。






 

8月29日(火) スコッチ糸車

 工房には木工場もある。
 地元の大工7人が毎日出勤し、工房の家具調度づくりに励んでいる。
 すなわち、工房内の戸棚とか収納がまだ完成していないのだ。(工房建築には終わりがない…)

 その大工、というより指物師たちを率いるのが、建築家のラクラン・スチュワート。スコットランド人だ。(上写真、黄色シャツ)
 真木千秋の後輩にあたる米ロードアイランド造形大学出身で、趣味も合う。
 もともとスタジオムンバイから派遣されてきたのだが、様々な紆余曲折を経て、今はボランティアで居残っている。自身、木工細工を好むので、家具造りには向いている。
 スコットランド人だから、クニから手土産で下げてくるスコッチ・ウィスキーは絶品だ。
 加えてバグパイプまで持参。先日披露してもらったが、なかなかの腕前だ。

 戸棚や机など大物に加え、目下の最優先が、チャルカすなわち糸車の製作だ。
 工房の生産もやっと軌道に乗り始め、織師たちもせっせと機に向かっている。
 タテ糸を作ったり機を織るためには、糸を小分けして巻かないといけない。ウチで使う糸々はちょっと面倒なのが多い。だんだん糸巻きが追いつかなくなってきた。
 そこで糸車を幾つか作って、糸巻きを加速させようという魂胆だ。

 上写真、ラキーの足許で大工が組み立てているのが、その自家製チャルカ。材は沙羅。
 チャルカというのはそもそも紀元前インドの発明品らしい。
 基本構造はそのままだが、今は、はずみ車に自転車の車輪を使う。
 下写真はganga工房の入口。門番もヒマな時はチャルカを回す。
 さてこれで少しは工房の生産性が上がるか!?






 

8月28日(月) ボンボン掛け布

 雨上がりの夕刻。
 誰も居なくなった機場(はたば)で、ひとり思索にふける真木千秋。
 (インド人はのんびりしているが、終業時間だけは日本人よりキッチリ守る)
 その膝の上には、織り上がったばかりの新作「ボンボン掛け布」。
 ウールの織物だ。

 この布の新しいところは、まず格子柄。
 パターンが二つあって、濃淡のハッキリしたもの(上写真)と、マイルドなもの(下写真)。
 格子柄は基本的に天然色だ。

 そしてアクセント色が入っている。
 たとえば上写真の上側の一枚は、黄色が二コマほど見える。マリーゴールドで染めている。
 ちょっと見づらいが、下側の一枚はログウッドの青紫入りだ。(右下にわずかに見える)
 下写真は生葉で染めた藍が入っている。
 折り返し織りで織成。

 名前は「ボンボン掛け布」と言うんだそうだ。
 フリンジの風情からそう呼んでいるらしい。(下写真参照)
 そう言えばボンボンに見えないこともない。
 秋冬物製作に忙しい工房である。






 

8月25日(金) 香油売り

 工房にはいろんな人がやってくる。
 昨日は香油売りのオムカール氏。
 もちろん、突然やってきたわけではない。
 ラケッシュの知り合いで、モノがなかなか良さそうなので、招いたのだ。

 当地から400kmほど離れた、隣州ウッタルプラデシュの古都カナウジ。香油製造の中心地だ。
 大規模な香油工場が幾つもある中、このオムカール氏は古来の製法で香油を作り、自ら売り歩いている。(雨季には香油製造ができない)
 20年使っているという革製バッグの中から、様々な香油が現れる。(上写真)。いわゆるエッセンシャルオイルだ。
 白檀、バラ、ジャスミンといったお馴染みのものから、ミッティ、クース、ケウダといった初めて聞くようなものまでいろいろ。根っこから採る香もあるようだ。(アガールという渋い匂いの香油があって、これは結婚後の男向けだという。どういう意味だと聞くと、周囲に女性がいるから話せないと言う。後で聞くと、男の持続時間を延ばすんだそうな)
 一時間ほど嗅いだり身にまとったりして真木千秋が選んだ香油が、下写真。8種類ほどもあるだろうか。ガラス瓶に入れるとオーラソーマみたいでキレイだ。(ちなみに、ヘナ施術中の手は大村恭子の娘・ひとは7歳)

 私ぱるばの選んだのは、やっぱ麝香。これはジャコウジカを落とし穴で捕らえて匂い袋を取り出すんだそうだ。(その後放逐)。ちとかわいそうなんだが、やはりあの悩殺的な香には負ける。それからジャナトル・フィルドーズという長い名前の一品。マリーゴールドやトゥルシなどいろんな材料を調合した爽やか系の香油で、ムガール時代に洒落者が耳の後ろにつけたりしたという。私もさっそく当該箇所につけているが、さて効果やいかに!?
 オムカール氏自身は、このジャナトル・フィルドーズとバラの香油を作るらしい。大工場のものと違いはあるのかと聞くと、手づくりの伝統製法のほうが材料や火力など微調整が効いて、香油の品質は良いとのこと。
 織物で言えば手紡ぎ手織りみたいなもので、弊スタジオには合っているだろう。 実際に使って調子が良ければ、竹林展示会にお目見えするかも。






 

8月24日(木) 針場の風景

 ganga工房は梅雨の中休み。
 陽が照って、気温は34.5℃まで上昇する。東京あきる野の拙宅は最高34.1℃だから、だいたい同じようなものだ。(どちらにもネット気象計が設置されている)

 工房の針場(はりば)はいつになく活況を呈している。
 日本からスタッフが三人駆けつけ、奮励努力している。
 上写真、左端が田村朋子、ひとりおいて大村恭子、そして松浦菜穂。
 テーラーたちと来年の春に向けて服づくりだ。

 田村と大村の間にある布は、織り上がったばかりのツートン新作。
 今年布地として好評だった「大格子」に似ているが、やや薄手で風合いも柔らかめだ。
 この生地でワンピースを作ろうと、型紙をあてて、いろいろ検討している。

 ちょっと見づらいが、同じテーブルの奥には、シルクオーガンジーの藍染め生地。春夏のボートネックベストができる。

 下写真。JUKIミシンが幾つも並ぶ針場。
 インドでも工業用ミシンといえば、この日本ブランドであるらしい。
 先日、近所の仕立屋を覗いたのだが、そこにもJUKIのロックミシンが置いてあった。(ウワサによるとJUKIというシールを貼ってあるだけだとか)
 ミシンのみならず、ハサミとか、定規とか、ミシン糸など、縫製資材の多くが信頼の日本製。みんなで渡印時に持ち込むのである。私も今回、テープやゴムを運んできたのであった。

 テーラーの頭上に灯るのは棒状LED。
 古式ゆかしい蛍光灯が光る五日市スタジオに比べ、こちらはひたぶるに最先端だ。(あっちが遅れているだけか)。これはおそらくインド製。






 

8月23日(水) 雨のganga工房

 今、ganga工房は雨季のまっただ中。
 北インドのこのあたりの雨季は、だいたい7〜9月の三ヶ月間だから、まだまだ先は長い。
 ただ、日照が少ないから、気温も低目でしのぎやすい。
 今日などは昼過ぎまでずっと雨が降っていたので、最高気温も27.9℃。先週の東京みたいな天気だ。
 草木もこの時期を目がけて成長するので、野山は緑で重たいほどだ。

 昨日からスタジオムンバイの建築家、ビジョイ・ジェインが一泊で来訪。
 工房の様子をあちこち見て回る。
 全体が完成して初の雨季だが、やはり建物にとってこの時期が一番厳しい。
 上写真は染め場。その屋上に立って全体を見渡すビジョイや真木千秋。下の芋の葉が大きく成長している。
 雨対策も含め、様々なアドバイスを受ける。

 下写真はギャラリー。
 じつはココ、めったに開けないのだ。私ぱるばも久しぶりに中に入った。
 入ってみると、なかなか良い空間である。
 先日、デリーのとあるショップが来訪したので、布を飾り付けてある。
 それを見てビジョイ、「我慢できない」と数点購入する。布好きな人なのだ。
 今年2月のオープニング以来の売上であろうか。
 作る方に忙しくて、なかなか販売まで手が回らないのだ。
 せっかく良いハコがあるのに、残念なことである。
 巨匠ビジョイの力作でもあるし、いつのまにか機場になっていた…なんてことのないように、ちゃんと活用せねば。
 ところでこのビジョイ、南インドで三週間にわたってアユールヴェーダを受けていたそうで、ぐっとスリム&健康的になっていた。


 

8月20日(日) マンガルギリにて

 ポンドルを訪ねた翌8月18日、マンガルギリに赴く。
 どちらも南インド・アンドラプラデシュ州に属し、直線距離で400kmほど離れている。
 マンガルギリと言えば、みなさんにはもうお馴染みであろう。極薄・木綿生地の産地だ。我々も二十年以上、こちらの布に親しんでいる。夏には欠かせない生地だ。
 竹林shopでは今年7月から紹介を始めたマンガルギリ。早くも来年の仕込みのため、縫製担当の松浦菜穂とともに出向いたというわけ。(当たり前か!? ちなみに昨年は大村恭子+娘と出向く)

 手織の里、マンガルギリ。35年前には各戸に機があり織り手も五千人いたそうだが、現在は二千に減っているという。インドも急速に変化しているのだ。とは言え、小さな街に二千の織工といえば、やはり今も手織の里だ。

 今年お陰様で好評だったマンガルギリの生地。来年用にもう少し多めに選ぶべしという密命を帯びて、松浦菜穂、織元ラビンドラ氏の家に赴く。
 氏のストックルームには、まるで鬼ヶ島の宝庫みたいに、色とりどりの反物がうずたかく積まれている。その中をあちこち巡っては、Maki好みのシブい色合いを探る。なかなか無いのであるが、そこは愛と執念だ。(上写真)
 しかしそれは序の口であった。その後に、長〜い点検の作業が待っていた。
 均一な機械織りと違って、マンガルギリの反物には織りキズが多いのだ。タテ糸やヨコ糸の間違いや不備、シミ、異物混入…
 氏のスタッフとともに、一反一反、端から端まで、すべて丹念にチェックする。(中写真)。松浦菜穂がキズを指摘すると、ときどきラビンドラ氏が「それは手織なんだから仕方ないよ…」と嘆くがごとくのたまふ。確かに寛大なインド人なら見逃してくれるんだろうが、日本のみなさんはなかなかそういうワケにはいかない。しまいにはラビンドラ氏、「職人たちに見せてやろう — お客はこんなふうにチェックするんだよって…」とスマホでその様子を動画に撮り始める。(インドでもスマホは普及している。ただ氏は今まで動画を撮ったことがないらしく、操作法を松浦に聞いていた)
 松浦の基準はみなさんと同じくらい厳格だ。おかげで、苦労して選んだ反物の三分の二がボツになる。そして再び、選定と点検の果てしない作業が繰り広げられるのであった。
 数時間を経て、やっと指定量の反物が揃う。松浦菜穂、それを撮影し、ganga工房に滞在中の大村恭子に送信する。それを見ながら、大村・松浦の電話会議。
 するとあろうことか、選定&点検を生き延びた反物の三分の一ほどが、またしてもボツになる。この時点で私も(おそらくラビンドラ氏も)かなりゲンナリしたのだが、それにめげる松浦菜穂ではない。健気に立ち上がり、また同じ作業を繰り返すのであった。
 あたりが暗くなる頃、やっと作業完了。本人&大村から見ておおかた満足できる反物が揃ったようである。

 その後、マンガルギリの機場の様子を見学する。
 下写真は地機(じばた)。
 地面に穴を掘り、その上に機を載せてある。織師は地面に布を敷いて座っている。
 これは同地の伝統的な型だ。もうひとつ、15年ほど前から普及し始めた高機(たかはた)もある。高機と言っても、この地機よりも30cmほど高く、織師のベンチ付くだけの話だ。機の基本構造は同じ。そして地面に穴を掘り、そこに足踏みが収まるのも同じだ。ただ、穴の深さが浅くなるので、そのぶん雨季の浸水も少なく、作業が楽なようだ。織成される布には変わりは無いという。だったら何で全部新式に変えないのか疑問だが、まだ旧式が使えるし、それに慣れているからであろう。
 下写真は地機でサリーを織っているところ。同地は生地とともに、木綿サリーの生産が盛んだ。


 

8月18日(金) 南インドより

 昨8月17日はかなりの離れワザであった。
 私ぱるばは16日夜に北京を発ち、17日早朝(っていうか丑三つ時)にデリー到着。
 そのままデリー国内線空港に移動して、Makiスタッフの松浦菜穂と合流。(彼女も前日夕方、成田よりデリーに到着)
 そして共に、南インド、ヴィシャカパトナム空港に飛んだのであった。

 この空港は、ポンドルへ行く基地となる。
 ポンドルは「究極のカディ」産地として知られており、私ぱるばも四年前に訪れている。詳しくはこちらを参照

 南インドは一年ぶりの訪問だ。
 インドは広い。北にあるganga工房からは遥か遠方である。
 ただ南インドは良質の木綿生地の産地なので、私も幸いにして訪れる機会がある。

 南インドは何が良いかと言って、まず、メシがウマい。
 私も若い時分から世界いろいろ回っているが、現時点でトップだと思われるのが、この南インド料理なのではないか。

 左上写真は昨日の昼食。
 ポンドル近くの街スリカクラムの定食屋だ。タクシーの運転手に連れていってもらった。
 地元の人々でいっぱいの、一見すると薄汚れた感じの飯屋である。こういうところがウマいのだ。
 入口でカネを払って着座すると、すぐに定食プレートが配膳される。5〜6品の料理と、ヨーグルトおよび甘味、そして、せんべいと米飯のセット。これを手で食う。私のうれしそうな顔を見よ! 期待にたがわぬ超絶美味であった。これが動物性材料を一切使わない菜食なのだから驚く。飯も料理もお代わり自由だ。まあ、毎日こんなのを食ってたら目方が増えるだろうが。

 それから南インドはコーヒーも魅力だ。インドと言えばチャイだけども、ここ南インドではコーヒーのほうが一般的。インドは世界で第8位のコーヒー生産国であるが、その豆は南インドで生産される。
 その南インドコーヒーは、飯屋や街角で手軽に飲める。深煎り濃い目のミルクコーヒーだ。これも超絶美味!! (左中写真)

 飲み食いばかりではない。
 ちゃんと仕事もしているのだ。というか、そもそも、木綿生地仕入れのために来たのである。
 友人に南インドのテキスタイルデザイナーがいて、彼女にいろいろ手配してもらったのだ。

 左下写真はポンドル近郊の布屋。
 私の手にしているのは、80カウントという極細糸を使った木綿カディ。色は生成だ。
 まず50cmほど購入して、糊を落とし、乾かして風合いをチェック。ganga工房に滞在している真木千秋や大村恭子と連絡を取りながら検討する。
 常夏の南インドカディなので、今までにないほどに薄手だ。涼しくて肌に心地良い。ただご覧の通り、そのままでは下が透ける。
 使い方を工夫すれば、来年のカディコレクションに彩りが加わるだろう。
 そのほかにも、やや厚手の色物カディや、デュパタ(薄手の木綿ストール)も入手する。

 ただ、魚のアゴを使って紡ぐ「究極のカディ」は、今回は見送ることにする。値段との兼ね合いで、ちょっと皆さんにはご紹介しかねるかな…という感じだ。
 どうしても欲しいというコレクターな人は、入手場所を教えるから自分で来てもらうほかあるまい。(2014年のカディ展で買った人はラッキー!)
 






 

8月6日(日) ねじまき雲の夏休み

 ティモケのランチが終わり、私ぱるばの紙芝居も無い、8月の竹林。
 その静寂の中で、ひとり黙々と珈琲を淹れるねじまき雲・長沼氏。

 自家焙煎珈琲店のねじ氏は、竹林出張カフェの折には毎回、その時々にふさわしいブレンドを創作して持参する。
 今回は「Kasumi Blend」。(下写真)

 このKasumi、弊スタジオのストール「霞空羽(かすみあきは)」にちなんでいる。
 今インドのganga工房は雨季のまっただ中だが、この霞空羽は雨季を待って織り始める。タテ糸が混んでいるので、織成には適当な湿度が必要なのだ。
 Kasumi Blendが霞空羽の味わいなのか定かではないが、その特長は、インドの豆を50%使用していることだ。
 インド豆というとあまり馴染みもあるまいが、インドは世界第8のコーヒー生産国なのだ。南インドではチャイよりもコーヒーが好まれるというコーヒー消費国でもある。私ぱるばも平生インドコーヒーを愛飲しているが、特有の風味があってウマいものだ。

 今回のKasumi Blendは、インド豆の特長をペルー豆で受け、マンデリンで磨きをかけている。
 ブレンドとラテ(それぞれホットとアイス)、それにスパイスラテ(ホット)の、計5種類。いずれも8月の竹林でしか飲めないスペシャルな味わいだ。スパイスラテというのは、ラテにスパイスと砂糖を加えたもの。
 それから私ぱるばの特注品であるアイスパ(アイスのスパイスラテ)。無糖のラテにスパイスを加え、アイス仕立てにしたもの。これがめっちゃウマいのである。メニューにはないが、頼めば作ってくれるはず。

 ねじ氏に「夏休みはあるの」と聞くと、今回のイベントが夏休みなんだそうだ。そういえば何となくリラックスしているねじ氏である。
 国分寺の「ねじまき雲」へ行くと、私語も許されざるがごときストイックな雰囲気に満ちているのであるが、こちらは半分インドな何でもアリの竹林だ。「変態珈琲屋」ねじ氏の知られざる一面に触れられるかも。
 「8月の竹林」もあと四日間。明日からは平日でもあるし、台風も来るの来ないの言ってるし、ねじ氏も夏休みだとか言いつつ毎日しっかり定時(正午)にオープンしているから、せいぜい叱咤激励に来ていただきたい。
 






 

8月1日(火) ティモケの竹林ランチ

 一昨日お伝えした、ティモケこと北村朋子。
 本8月1日、竹林カフェにデビューを果たす。
 「ラケッシュの領域に畏れ多い」とは本人の弁であったが、なかなか堂に入っている。(左上写真。なんとなくフェルメール)
 ここ一年余り、下にある井戸端でサモサを供していたティモケ。「カフェの居心地はどう?」と聞くと、「カーストが上がったみたい」と変にインド風な答えであった。

 さて、肝腎のランチであるが、左下写真の如くである。
 中央の富士山(いや須弥山!?)は、インド米「バスマティ」と日本米のブレンド。天辺にはインドピクルスが。
 その周りを八種類の惣菜が取り巻く。(右写真参照)。
 ランチのタイトルは「盛夏のタリー・プレート」。タリーとはインドの定食だ。
 実際に食した感想は、インド的「幕の内弁当」かな。インド料理というより、野菜やスパイス類など素材を活かしたティモケのクリエーションだ。
 かなりイケると思う。ラケッシュやばいかも!? (って、比較するものでもないが)

 今回は残念ながら、あと二日間、明日と明後日だけ。数量限定なので、食べたい人は早めに来てもらうといいかも。
 食いそびれた人にはティモケ得意のサモサもあるのでご心配なく。(これもあと二日のみだが)
 






 

7月30日(日) キッチン・ティモケ

 明後日、8月1日から始まる竹林8月のお楽しみ。
 その冒頭三日間を彩るのが、キッチン・ティモケだ。
 このティモケというのは、北村朋子さんのこと。きっとトモコが訛ってティモケになったのであろう。

 つとにサモサワラ・ティモケで当スタジオ界隈では著名なのであるが、ティモケの手業はサモサだけではない。
 野菜とスパイスをベースにした料理をいろいろ作っている。
 (上写真は昨年12月、インドganga工房のキッチンでサモサを作るティモケ photo by Macchi)

 そこでこのたびは、竹林カフェにて、ティモケのランチプレートの登場。
 各地で引く手あまたのキッチン・ティモケゆえ、初日から三日間のみ。
 下写真はその一例。過去のティモケ作品であるが、カラフルな料理の取り合わせが食欲をそそる。
 明後日からの竹林カフェではどんなプレートになるか、まことに楽しみなことだ。(サイドメニューでサモサもあり)

 今回のランチに寄せるティモケの想いは、ティモケブログを参照のこと。




 

7月24日(月) 一淹成仏

 青梅のベーカリー nocoに赴く。
 「ねじまき雲・出張珈琲」が催されていたのだ。
 青梅市郊外の山際にある気持ちの良いスペース。
 通常は東京・国分寺で珈琲を淹れる長沼氏であるが、年に一遍ここnocoに出張するのだという。今日は氏に加え、加藤けんぴ店も同時出店という贅沢な趣向であった。

 注文に応じて珈琲を淹れる長沼氏(写真左)。
 その周囲はいっとき異次元の静寂に包まれる。
 注がれる一筋の熱湯に盛り上がる珈琲は、まるで釈迦が螺髪(らほつ)のよう。
 その様子はまさに、一音成仏(いちおんじょうぶつ)ならぬ一淹成仏(いちえんじょうぶつ)。
 さてその珈琲の味わいやいかに…!?
 
 いうまでもなく、nocoのパンとの相性は良好。年に1回といわず、毎月やってほしいものだ。(特にその機会にのみ焼成されるという天然酵母パンは風味絶佳)

 この長沼氏、一週間後の8月1日(火)から十日間、東京五日市の弊スタジオで出張珈琲である。(竹林8月のお楽しみ)
 武蔵国分寺に行かずとも、居ながらにして氏の一淹に与れるとは祝着至極。
 皆さんも盛夏のひととき、竹林で一緒に成仏いたそう。


 

7月15日(土) 春繭の糸繰り

 昨14日から春繭の糸繰りが始まる。
 先月末に八王子の長田養蚕からやってきた繭だ。今までしっかり塩蔵されていたので、状態は良い。

 糸繰りのやり方は、十数年前に真木千秋が上州群馬で習ってきたものだ。
 まずは煮出し。
 この手順がかなり複雑だ。
 温度の違う熱湯を二種類準備し、何度か煮沸したり漬けたりして、繭を解舒する。解舒(かいじょ)とは、糸が引けるように繭を煮てゆるめること。
 毎年やっていることだが、手順があまりに複雑なため、毎回メモと首っ引きである。
 解舒した繭は、「もろこしぼうき」で生皮苧(きびそ — 繭の外側部分)を引っかけ、持ち上げ、ズルズルと引っ張り出して、糸口を探る。(左上写真)
 生皮苧の部分は太いのだが、やがてスーッと一本の繊維となる。それが糸口だ。

 糸口が出そろったら、座繰りの作業だ。
 温湯の中に浮かべた繭80粒くらいを、もろこしぼうきでゆっくりあやつりながら、左手で座繰り機の把手を回す。(左中写真)
 ひとつの繭の繊維長は千四百メートル前後だが、繰るにつれてだんだん細くなるので、糸の太さを維持するため、適宜、繭を追加する。
 太い糸が欲しい時は繭の数を増やし、細い糸だったら数を減らす。繭の出来によって繊度(太さ)も違う。今年の繭は出来が良いようで、繊度も大き目だ。

 座繰り機でカセに巻き取った後、乾かないうちにカセ上げし、糸カセにする。
 そうすることで、絹糸のナチュラルなウェーブが保存されるのだ。

 昨日は五人がかりで、15カセほどの絹糸が繰られた。
 澄んだ春繭糸だ。(左下写真)

 ところで、先ほど来、話に現れる「もろこしぼうき」。これは繭の糸繰りには必須の道具である。
 もろこしとは、タカキビ、あるいはソルガム、中国語ではコウリャン(高粱)だ。

 繭の煮出しと並行して、もろこしぼうきの作製も行う。(右写真)
 じつはこのもろこし、私ぱるばが12年前に栽培したものだ。30本穫れたので、まだ残っているというわけ。
 もろこしの種を除去すると、そのまま小さなほうきになる。これが糸繰りに便利なのだ。
 ただ、種の除去が少々面倒である。よって、8月1日からの竹林セールにお越しのお客さんの中で、やりたい人がいたらやらせてあげることに決定! なかなかできない体験だからね。
 除去したもろこしの種は進呈! ま、12年経ってるからね、発芽するか(あるいは食えるか)は不明。(つぶつぶの郷田氏に聞いてみるといいかも)




 

7月13日(木) 発掘

 北インドは雨季に突入した模様。気温は今の東京と同じくらいまで下がって割合しのぎやすいが、雨風がすごい。日本の梅雨とは違って、短時間に土砂降りだ。
 おかげで、できたての工房は、雨漏りがしたり、停電になったり。
 昨日日本を発ったラケッシュ君には、しっかり工房管理をしてもらわねば。

 真木千秋は先週末、インドから帰国する。
 やっと日本時間に慣れてきたところ。
 そして今日は、竹林スタジオで発掘作業に勤しんでいる。
 というのも、8月1日から十日間「竹林8月のお楽しみ」というイベントがあるからだ。
 基本的に夏のセールなのだが、その中に、スタジオの発掘品コーナーが設けられる。

 今回の発掘場所は、母屋の奥座敷。
 いろいろ出てくる — 世界のあちこちで手に入れた絲絲、布布…
 すべて布作りの素材や参考品として求めたものだ。
 しかしウチで保持するより皆さんに使ってもらった方がいい…。そういうものが「8月の竹林」に並ぶのである。

 たとえば、左写真いちばん手前、ベージュ色の糸カセ。これは私ぱるばが五年前の秋、タイの東北部で購入したエリ蚕手挽き糸だ。これはかなりの珍品である。というのも、エリ蚕は通常、真綿にして紡がれる。ところが、タイ東北部では、桑蚕みたいに繭からの繰糸が試みられていたのだ。ただ、当スタジオでは使う機会がなく、この8月に登場となった次第。
 そのほか、中国の手織麻布や、男性用XL木綿シャツなど、いろんなものが発掘される。
 請うご期待!
 


 

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