1999 India Special


◆12月6日 インド初日の朝食
◆1月5日 デリーより
◆1月28日 ニルー・ファミリー〈その1・夫アジェイ〉
2月4日 ニルー・ファミリー〈その2・息子シッダルタ〉

12月6日 インド初日の朝食

 今、ボンベイ国内空港のレストランにいる。時間は午前九時十分。(日本時間午後十二時四十分)。
 ボンベイに着いたのが昨夜九時過ぎ。ホテルで一泊後、空港でプーナ行きの飛行機を待っている。

 まず腹ごしらえということで、南インド料理のイドリ(idli)を注文する(写真右)。
 これは私の好物で、メニューにこれを見つけると、だいたいいつも注文する。
 手前の皿の上にのっかってる三つの白い物体が、そのイドリ。これは米の粉でできている中華饅頭みたいなもので、ふかしてあって、中には何も入っていないし、味もついていない。
 それを右側にある二つの容器に入ったソースというかスープで食べるのだ。ひとつはサンバルといって、南インドの代表的なスープ。ダール豆が主材料で、黄色くて、辛くて酸っぱい。もうひとつはココナッツのペーストで、これはあっさりしていてコクがある。
 三つも食えば腹がいっぱいになる。(私は今朝は食いきれなかった)。日本人の口にもよくあうおすすめディッシュだ。
 なお左側にある飲み物は、「ライム・ソーダ」というもので、これも私のよく注文するものだ。ライムをしぼってソーダ水を差したもの。インド人はこれに砂糖をいれて甘くしたり、あるいは塩味をつけて飲んだりするが、私は何も入れずにそのままで飲む。暑いときには格好の清涼飲料だ。(昨晩はしばらく冷房をつけた)
 このイドリとライム・ソーダとココアを一杯注文して、七百円くらい。空港内のきれいなレストランだから、ちょっと高い。でもコンセントがあってパソコンごっこができたから、私にはありがたい。

 プーナはこのボンベイから東南二百キロほどのところにある。通常はタクシーか汽車で行くのだが、今回は飛行機を使うことにした。ローカル線だが、日本でも予約を入れられるようになったのだ。
 プーナにはOshoコミューンという非常にユニークな場所があって、私は毎冬そこを訪ね、しばらく滞在する。
 インターネット事情が許せば、ここインドからレポートを送ろうと思う。
 なお真木千秋一行は12月20日にニューデリー入り。正月14日にはプーナに入る。
 私は年末か年始に3、4日ニューデリーを訪ね、再びプーナに帰ったあと、1月24日に帰国の予定。


1月5日 デリーより

 さきおとといの正月二日、私ぱるばは逗留先のプーナ(西部インド)から、北のデリーへとやってきた。飛行機で二時間ほどの距離だ。

 デリーにはパートナーであるニルーの工房がある。そして当スタジオからは既に四人の女たちが現地入りし、正月も返上で仕事にいそしんでいる。真木姉妹と、スタッフの金森愛、大村恭子の四人だ。
 真木+金森は12月20日に、そして大村は同26日にデリー入りしている。   

 写真左はニルー家での昼食のひとこま。右端が真木香、その左が千秋。左端が大村、手前が金森。そして、立ってチャパティーを給仕しているのがニルーだ。(こうして見るとニルーがいかにも家庭的に映るが、実際はそうでもない)

 デリーは今が一年で一番寒い時期。日本でいうと11月初旬くらいか。最近は朝夕、霧が立ちこめる。ただ日中になると必ず晴れるのが気持ちいい。
 そんな中で、いつもの通り、淡々と粛々と、大騒ぎしながら、布づくりの営みが続くのである。

 右の写真?は機場の風景。経糸(たていと)をかける前に、みんなで寄ってたかって糸選びをしているところ。(屋根の上から撮影)

 糸を選んだら、それをひとつずつ、経糸職人のパシウジャマと一緒に、経糸整経台にセットする(?写真左)。

 このパシウジャマ、耳が聞こえず、口もきけないのだが、持ち前の明るい性格から、みんなの人気者だ。
 真木千秋など、この人を愛してやまず、彼なしの工房というのは、ちょっと考えられない。

 整経台にセットが終わると、今度はその糸をドラムに巻き付ける。糸を切らないようにして数十メートル巻き取るわけだから、細心の注意が必要。パシウジャマもいつになく真剣な表情だ。(写真右?)

 そうして作った経糸を、織師が機(はた)にかけ、そして緯糸(よこいと)を通して、織るわけだ。

 ?左の写真は、そうして織り上がった布を、機場の外でチェックしているところ。

 経糸に亜麻と黄繭、横に苧麻と玉繭を使い、染材にはハーシンガーというインドの花を使った、今までにない色と風合いの空羽(あきは)織物。
 右側の人物は、織師のフェローゼ。インド東部のアッサム州からはるばる働きに来ている人で、その茫洋とした性格から、やはり真木千秋のお気に入りの職人だ。

 どうやら上手に織れているらしい。
 この織物は、やがて「真夏ストール」として、青山のショップおよび各地の展示会場を飾ることになる。


1月28日 ニルー・ファミリー〈その1・夫アジェイ〉

 私ぱるばは四日前、インドから一足先に帰国。寒い養沢谷の自室で、暖房器具を二つ使いながらこれを書いている。(ちょっと風邪ぎみなのだ)
 真木千秋は2月7日に帰国予定。ただいまインドで瞑想中。
 真木香は3月になるだろうか。彼女の場合は今年一年休暇をとって、ゆっくり今後の身の振り方を考えることになっている。

 今回はニルーのファミリーのお話をしたいと思う。
 ニルーはまた、家庭の主婦でもある。まあ、Tal Textile のボスでもあって仕事が忙しいので、あんまり主婦らしいこともやっていないのだが…。
 ニューデリー市内の家には、夫のアジェイ、そして、息子のシッダルタと娘のナムラタがいる。

 まずは、夫のアジェイ。名門デリー工科大学を出て、アメリカに留学したというエリート。帰国後、ニューデリーにプリント基板の工場を立ち上げるが、やがて外国製品との競争に敗れ、つぶれてしまう。
 対照的にニルーが主婦の片手間に始めた織物工房が、急成長を遂げていく。その結果、この家はニルーが経済的に背負うことになるのである。インドではまことに例外的なケースだ。
 いちおうTal Textileの社長はアジェイということになっているのだが、なんかあんまり仕事をしているようなふうもない。欧米向けの大口注文を担当しているともいわれるが…。まっいいや、オレも他人のことは言えない。(ちなみに私はMaki Textileの会長である…。おたがい女丈夫を相手に、見えないところでいろいろ苦労しているのであろう)

 そんなアジェイが、今いちばん情熱を燃やしているのが、農園だ。
 ニルー・ファミリーは三年ほど前、ニューデリー郊外、車で二十分ほどのところに、1ヘクタールの農園を購入する。1ヘクタールといったら、100m四方だから、これはかなり広い。その農園で、人を使っていろんなものを栽培しているのが、このアジェイなのだ。(左写真・ブロッコリ畑の前で)
 野菜では、ナス、トマト、人参、ジャガイモ、ほうれん草、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、大根、かぶ、香草、あぶら菜、スイカ、etc。果樹では、ミカン、レモン、マンゴー、パパイヤ、バナナ、グワバ、チクーetc。ただ、まだ樹が小さいので収穫は多くない。
 アジェイは週に一回、監督にやってくるので、今回も便乗させてもらった。(毎回便乗させてもらう)。
 さんさんと降りそそぐ太陽、野を渡るそよ風、鳥のさえずり……都会の雑踏に疲れた身には、爽快この上ない。(しかしまだ木陰がないから、夏になるとこの上なく暑いらしい)。
 ここで収穫されたものがニルー家に並ぶわけだ。インドの農民は一般的に農薬について無知だから、やたらにぶっかけたりするらしい。だから残留農薬が心配だったりするのだが、この農園でつくられた野菜なら安心。特にアジェイはダイエットのため、徹底して野菜しか食わないという青虫のごとき生活を送っているから、わけてもこの農園は大事なのだ。

 ここはまた家を建てていい地区なので、彼はそのプランニングにも余念がない。
 数年して木々が大きく育つころ(実際インドの木は成長が早い)、ここには立派な屋敷が建つのだろう。
 ニルーは趣味のいい人だから、どんな家が建つか、楽しみである。

 次回は息子シッダルタの巻。


2月4日 ニルー・ファミリー〈その2・息子シッダルタ〉

 ニルーの長男、シッダルタ。
 シッダルタといったら、我々がまず思い出すのは、ゴータマ・シッダルタ、お釈迦さんだ。
 ニルー家は別に仏教徒じゃないんだけど(インドには仏教徒はほとんどいない)、長男の名前はお釈迦さんにちなんでつけられている。

 さてこのシッダルタ・クマール。十六歳の高校生だ。私が初めて出会ったときには、七歳の坊主だったから、ずいぶんでかくなったもんだ。
 声変わりし、体もがっしりして、だいぶ大人びてきた。相撲をとったら負けるかもしれない。

 左の写真を見てもおわかりの通り、なかなかのハンサム・ボーイ。(インド人だからといって、みんながみんな美男美女というわけではない)
  このルックスは母親似だからだというのがもっぱらの説だが、いやいや父親のアジェイだって若い頃の写真を見ると、そう捨てたもんじゃない。

 この写真は一月前、彼と一緒にグジャラート料理屋に行ったときのもの。
 グジャラート料理というのは、その名のごとくインド西部グジャラート州の料理だ。定食形式で、十数種類の料理が、ターリーという丸い盆の上に盛られる。おかわり自由で、黙っているとボーイが次々に盆の上に料理を追加する。だからグジャラート料理を食うというのは、間断なく料理を断るということに等しい。
 北インド主流のパンジャブ料理に比べると、油分が少なく、あっさりヘルシーな菜食だ。

 で、このシッダルタ、どんな少年かというと、う〜ん、これがよくわかんない。
 まだ特徴を発揮するまでに至っていないのだろう。
 パソコンを持っていてEメールを交換したりするのだが、ほとんど二三行でおしまいという感じ。いったい何を考えているのやら…。
 ま、男子高校生なんてそんなもんか。


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