絲絲奮戦記

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竹林日誌 10前/09後/09前/08後/08前/07秋/07夏/07春/06秋/06夏/06春/05秋/05夏/05春/04秋/ 04夏/04春/03秋/03夏/03春/02後/02前
/01/99-00/「建設篇」


 

9月14日(火) 成田隔離中

 最近、インスタなるものに手を染めてしまって、実に多忙。
 長いあいだ敬遠していたメディアであるが、世の流れには逆らえない。
 と言うか、やってみるとチト面白いものであるな。

 というわけで、私ぱるばは今、成田空港脇のホテルに隔離中である。
 ここまでの道のりは長かった。
 まず、9月9日。ganga maki 工房を出た私は、地元デラドン空港へ向かう。
 歩こうと思えば歩ける道のりであるが、途中の橋が、これこの通り。(上写真)
 その二週間ほど前の大雨で流れてしまったのだ。
 写真中央で大きく崩落しているが、その先でもまた崩落している。
 現在は臨時に、その脇の河原をクルマで突っ切る。乾季は涸川だから、雨が降らなければそれほどの水流はない。土管を何本か通して水を流し、その上をクルマが通って行くのだ。もちろん大雨が降るとすぐに溢れるから、そのときは通行止め。
  重機が入り始めて、何やら工事をしている。
  次の雨季までにはなんとか架け直して欲しいものだ。

 同日午後の便でデラドン空港からインド航空の国内線でデリーへ飛び、そして同夜同じくインド航空便で成田に飛ぶ。
 翌9月10日は長かった。
 このあたりの経緯は、私のブログである「ぱるばか日誌」に、インドを去る(9/10) 、AI帰国便の機内話(9/11)成田空港からホテルへ(9/12)隔離メシ(9/13)、と、四話に渡って記録してあるので、この緊急事態下にインドから帰国するとどういうことになるか、興味のある人は読んでいただきたい。

 というわけで、今私は成田空港脇のホテルに隔離中デアル。 
 窓から外を見ると、こんな風景が広がっている。(中写真)
 成田のLCC発着場である第三ターミナル に面した部屋だ。

 毎日三食、上げ膳据え膳だ。
 下写真が今日の朝食と昼食。
 なんで一緒に並んでいるかというと、私は朝は食べないのだ。
 で、昼に両方並べて、食べたいものを食べる。
 でも結局、ほとんど全部食べてしまうのだが。
 けっこうウマい。
 それについてもっと詳しく知りたい人は、これから書く予定の、ホテル隔離四日目(仮題)、を参照のこと。

 順調に行けば、明後日には家に戻れるはずである。
 


 

9月6日(月) タンドール物語

 連日に渡って食べ物の話で申し訳ない。
 現在、竹林shopで「Makiの衣食住」展も開催中のことでもあるし、ご容赦願いたい。

 竹林shopにお越しの方は、カフェ前のデッキに、黒赤錆びた大きな鉄の立方体があることにお気づきであろう。
 その中身はコレである。(上写真)
 いや、ただのドラム缶ではない。インドの炭火竈、タンドールだ。
 中に陶製の竈が入っており、それを運搬用にドラム缶に収め、周囲の空間を断熱材・蓄熱材で埋めている。

 これは、今を遡る15年前、友人であるインド料理店「ナタラジ」からわけてもらったものだ。
 かなりの重量があるから、山梨にあるナタラジの倉庫から運んでくるのも大汗であった。
 もともとはナタラジがインドのムンバイから船で運んできたものである。
 15年前の当初は毎日のように火を入れていたが、現在はシェフのラケッシュがインドganga maki 工房の工房長として活動しており、コロナ禍で来日もままならぬ中、今回、二年ぶりに火を入れたという次第である。

 北インドではロティが主食だ。全粒粉から焼いたインドパンで、チャパティとも呼ばれる。ただ、一般家庭にタンドールは無いから、主婦は台所でタワ・ロティを焼く。タワとは鉄板という意味だ。これも焼きたてはウマいものである。

 それに対して、タンドールで焼くロティは、タンドーリ・ロティと呼ばれ、ややパリパリした香ばしい質感が特長だ(写真2)。
  一般のインド人にとっては、家庭では食べられない味なので特別感がある。準備にも時間がかかり、調理の数時間前から火を焚き、竈を温めるとともに熾火(おきび)を作り、下の焚き口をパン生地で密閉する(写真3)。そうすると以後数時間、ロティを焼いたり、チキンや野菜を焼いたりできるわけだ。

 今回「makiの衣食住」展のラケッシュのタンドールは五日間のみ。先週土曜から今週水曜までだ。今日までの三日間は雨模様の中、ラケッシュは奮闘していた。
  明日、明後日は、もう少し天気も良いようなので、興味ある人はどうぞ!






 

9月5日(日) ランチの東西南北

 上写真が今日の工房ランチ。当地は北インドだけれども、今日は南インドランチ。北と南ではだいぶ違う。
  たとえば、左手前の野菜料理ポリヤル、これはココナツを使った炒め煮で、今日はキャベツ。南インドではココナツを多用し、それが南方の風情を醸す。
反時計回りに、ライス。南印の主食は米。北印は小麦。
 そのお隣がポディ。塩味の効いたふりかけで、ギー(精製バター)をかけておつまみ的に。これは先日南印チェンナイから来た友人のホームメイドだ。
 その上がサンバル。野菜の入った豆スープ。
 そのほか今日は、酸っぱいスープのラッサムと、煎餅のパパド、ヨーグルト。
 ウチのシェフは北印人なので、南印料理は勉強中であるが、なかなか良い感じだ。
 皿は工房の芭蕉葉。その上に盛り付けて、手で食べる。
 食べ終わったら、芭蕉葉は愛牛の餌になる。

 一方、下写真は、本日、遥か東方、東京五日市・竹林カフェのランチだ。
 ganga maki 工房長のラケッシュが、竹林カフェ厨房に立って振る舞っている北印料理だ。
 皿の上、一番目立つのはタンドーリローティ。炭火竈で焼いたインド全粒粉パン。
 時計回りに、キュウリのサラダ。豆とジャガ芋のカレー(たぶん)。ナスとピーマンのカレー。オレンジ色はトマトチャツネ。手前の赤いのがマンゴーピクルス。その上の白く長細いのが、パパッド。(豆煎餅)その下に隠れるように、信州上田・田中葡萄園の巨峰。皿の外、上がスイーツのバルフィ、下がドレッシング。
 ラケッシュランチは水曜まであと三日間だ。ただ雨になると、タンドーリロティがタワロティに変更。これは家庭で食されているロティで、これも味わい深くて良いものである。

 さて、日本時間午後8時から毎日、真木千秋とともにインスタライブを放映中。
 今日は「工房の植物」と題して、約20分。
 インドの4G携帯電波を使っての放映で、チト映像は粗いんだけど、ま、インドのど 田舎だし、仕方ないか。
 それから20分は長いかも。明日は15分にしようかな。

⋯⋯⋯⋯

 makiの衣食住
 9/4(土)~9/10(金)
 会期中無休 11時~17時半
 オンラインショップ同時開催。


 

9月1日(水) 州都に渡る

 ここ、ヒマラヤの麓ウッタラカンド州。北インドの小さな州だ。人口約1,100万。
 その州都がデラドン。 人口約百万。
 当ganga maki工房もデラドン地区内にあるが、市心から30km、車で一時間ほどだ。役所関係や事務的な仕事で、ときどき出かけねばならない。
 先週もお伝えした通り、大雨の影響で幹線道路の橋が崩落。インドだからいつ復旧するかわからない。それで、森の中の迂回路を行く。
  途中、橋の無い川原を通過するのだが、この左上写真の通り、流れを突っ切って進むのだ。日本じゃとても許されないだろうが、ここインドは何でもOK! この田舎じゃこうでもしないと生活できない。現に弊工房のスタッフも十人近く、ここを突っ切って通勤してくる。今日はまだ水量が少なくて良かったが、数日前はこの状態が3百メートルほど続いたという。
  我々の乗っている車はインド製のSUV。かなり老朽化しているが、やはりこういうこともあるから手放せない。
  しかしインド人は二輪車で(しかもウチのスタッフなんか二人乗りで)突っ切って来るんだから、ワイルドである。(我々としてはそれを推奨してはいないんだが⋯)

 所用というのは、たとえば、会計事務所の訪問だ。日本と同じで、いちおう法治国家だから、税務とかしっかりやらないといけない。左中写真はお世話になっている税理士の先生方。
  インドのインテリは英語をネイティブみたいに操る。日本語で聞いてもよくわからないような税務の話を立て板に水の如く英語でやられても、こちらは当惑するばかりだ。でも対処すべき点が多々あることはわかる。異国での会社経営も大変だ。ま、インドだからなんとかなってるのか!?
 デラドン市内でもコロナは猖獗を極め、ご両人もそれぞれ第一波、第二波で罹患している。でも幸い軽症だったようで、現在はご覧のように以前とおり職務に精励しておられる。市内の感染もすっかり下火になり、百万都市で現在は日々6~7人が確認される程度。

 そんなこともあって、州都にでかけるのも一年半ぶりだ。半日がかりの仕事だから、昼ご飯はご褒美だ。もちろん本場のインド料理。ま、毎日食べているのだが、たまには州都で外食も良いもんだ。
  私ぱるばの前に山と積まれたインドパン。(写真3)。タンドール(炭火竈)から焼きたてほやほや。向かって左側の山がローティ、右側の山がパラタ。ローティというのはいわゆるチャパティで、全粒粉をこねて焼いたもの。パラタはそれを一手間かけて層状にして焼いたもの。どちらも香ばしくてウマい。
  タンドールは家庭には無いので、こうしたインドパンはレストランの味だ。四日後から始まる「Makiの衣食住」展ではラケッシュがこの二種を焼く予定なので、食べたい人はどうぞ! ただし、雨天の場合には家庭の味「タワ・ローティ」になるので、どちらか気になる人は当日電話して確かめるといい。(042-595-1534)

 


 

8月27日(金) ガンジス支流の水害

 日本では今年、各地で水害が起こっている。こちらインドも今、雨季だ。
 ganga maki工房は雨季にはチト弱く、あちこちで雨漏りがしたり、水が染み出たりする。それで今年はスタジオムンバイの建築家スリジャヤと、防水専門家のムトゥ氏に来てもらって、対策を考えてもらうことになった。
 ただ今季は比較的雨が少なく、両人に来てもらっても実態を見せられるか⋯というのが真木千秋の懸念であった。
 三日ほど前、デラドン空港に両氏を迎える。空港から工房に戻る道中、ガンジス川支流の涸川に架かる橋を渡る。ところが、水が流れていない。通常雨季には水流があるのだが、涸川のままなのだ。
 それくらい「空梅雨」気味だった。しかし、両氏来gan以来かなり雨が降るようになった。おかげで雨漏り具合もよくわかり、ちょうど良かったと喜んでいたのだが⋯。まこと、過ぎたるは及ばざるがごとし。
 
 今日、昼食を摂っていると、コックのビジェイが寄ってきて、スマホで動画を見せるのだ。すると驚いた。近所の橋が落ちているではないか!(左上写真)
 これは州都デラドンとリシケシを結ぶ幹線道路で、工房長ラケッシュ夫婦を始め、多くのスタッフが毎日行き来している橋だ。右写真は今朝、出勤途中にスリスティ(ラケッシュ妻)の撮った写真。四日前とはまったく違い、川幅全体に濁流が流れている。その少し後に橋が落ちたのだ。時間がずれていて良かった。
 ラケッシュ本人は今、東京五日市の拙宅で自宅隔離中である。ただネットが使えるし、他にすることもないので、情報収集は早い。我々も彼からいろいろ聞き出すのであった。

 左中写真は8年前の乾季4月。通常はこんな風に涸川である。真ん中にスタジオムンバイのビジョイ・ジェインが見える。ちょうどそのあたりが今日崩落した部分であろう。この橋を通りかかった時、ビジョイが「これは面白い」と言う。地産地消を心懸けていたので、この涸川の石を弊工房の建築に使おうと思ったのだ。それで川原に降り、石を採取して真木千秋の巾着に入れるのであった。(左下写真)。かくしてこの涸川の石は建築素材として工房を各所でしっかり支えているのである。
 乾季にはこの河床は取石場となっている。ひとつの産業だ。それも雨季にこうした濁流によって上流のヒマラヤから石が供給されるからであろう。これも自然の摂理だ。しかし幹線道路で、近所では唯一の橋だ。代替路も限られているので、工房運営はしばらく難しくなりそうだ。


 

8月21日(土) 木々の恵み

 現在、東京上野の国立科学博物館では「植物・地球を支える仲間たち」展が開催されている。私ぱるばも観覧したのだが、なんでも、地球上の全生物はLUCAと呼ばれる唯一共通の祖先から発したのだという。となると、植物は我々の仲間どころか親戚なわけだ。緑溢れるganga maki工房は、まさにそうした親戚たちに支えられている。
 たとえば、右写真のビーマル。野菜畑の脇に生えているやや大きな木だ。農家には大切なで存在で、葉は飼料、樹皮は縄づくり、枝は松明(たいまつ)など燃料、そして樹液はシャンプーになる。
 そしてganga makiではこの樹液を芭蕉紙の糊料として使う。トロロアオイなどと同じアオイ科の植物なので、紙づくりのつなぎになるのだ。

 左上写真がビーマルの樹皮。これを水に漬けておくとねっとりした樹液が滲出する。
 一昨日、芭蕉を五本ほど収穫した(8月19日記事参照)。一本の芭蕉から採れる上質な繊維は120gほどだ。 残りの部分を小さく切って炊き、さらにハサミで細断してドロドロにする。そこにビーマルの樹液を混ぜ、加水し、そして紙を漉く。漉き手は植物係のサンディープ君。真木千秋とともにすっかり紙漉きをマスターしたようだ。

 左下写真は芭蕉紙に藍で彩色を施す真木千秋。この藍も工房のみんなと育てたものだ。良く見ると真木千秋の爪も青く染まっている。ついでに、サンディープ君の手許で芭蕉紙を伸ばすのに使われているのが、波羅蜜の葉っぱ。肉厚なので使い勝手が良い。いくらでもあるし。(昨日の記事参照)

 というわけで、工房中の植物を有効活用して作られる芭蕉紙。9月4日からの「Makiの衣食住」にも出品されるので手に取ってご覧あれ。(実は今も竹林shopやオンラインショップに出ているのだが)

 ところで、一昨日の記事「スラウチ」の中で、スラとは空のことではないか、と推測をしたのだが、今朝、西表の石垣昭子さんから連絡があって、スラとは竹富島の言葉で「首根っこ」を意味するのだとか。な〜るほど、確かにそのほうがより具体的で真に迫っている。しかし、そうするとスラウチとは打ち首っていうコワい意味もあるのか!? それから、竹富の言葉だとしたら沖縄本島(のたとえば喜如嘉とか)では別の言葉が使われるのか? と問い返しのだが、答えはまだない。
 ともあれ、変な推測でも表明すればちゃんと修正がやって来るという一例。


 

8月20日(金) ganga makiの波羅蜜

 「Makiの衣食住」にちなんで、私の好きなganga野菜をひとつご紹介しよう。
 それは、波羅蜜(はらみつ)。英語ではジャックフルーツ。ヒンディー語ではカタル。
 木に成っている野菜だ。ganga maki工房には波羅蜜の木が21本ある。もちろんそんなに必要ないのだが、ここはもともと果樹園だったのだ。(マンゴーも71本ある)
 大きな木だ。用務員のモヒットが木に上って収穫する。(左上写真) 。
 そうしてもたらされたのが、 5kgもある大きな波羅蜜の未熟果。(写真右上・嬉しそうに手にするのがシェフのビジェイ君)

 この未熟果がインドで野菜として珍重されるのだ。八百屋で買うと1kgあたり40ルピーとけっこう高価である。 当地では6月末あたりが最盛期で、ganga makiでも今年150個ほど収穫し、スタッフに配給。みんな喜んでそれぞれ2〜4個持ち帰るのであった。
 調理は少々骨が折れる。というのも、未熟果には強烈な粘液があるからだ。左中写真をクリック拡大するとわかるが、写真中央にポツポツと乳白色の液体が滲み出ている。これが手や包丁につくと容易には取れない。そこで手や包丁に油をたっぷりつけて調理する。写真手前、果実断面に目のようなものが二つ見えるが、これが種子である。その周りを囲む淡黄色の部分が果肉。
 左下写真が一番シンプルな家庭料理、波羅蜜のスパイス炒め煮だ。波羅蜜料理は「ベジタリアンの肉料理」と言われて人気がある。繊維質の果肉部分がマトンのような食感なのだ。(マトンはインドでは最上位の肉とされる)。とりたてて特別な食味は無いのだが、逆に言うとクセがなく、スパイス類とよくあって誠に美味。また種子は里芋のようにホクホクしている。
  この波羅蜜を油で揚げてから調理すると、さらに肉料理っぽくなって感動的。(これはホテル料理だそうだ。ちとカロリー高そう)
  油を使わずに煮る調理法もあるということで、これは明日ビジェイに作ってもらう予定。

 波羅蜜は北インドでは主に野菜として利用されているが、果物としても食べられる。右下写真が成熟したもの。もはや粘液は出ず、種子の周りに甘い果肉がまとわりついている。
  成熟したジャックフルーツは南インドや東南アジアでよく売られているが、品種がやや違うのかもしれない。あちらのフルーツはもっとフレッシュでジューシーな感じ。こちらはねっとり濃厚だ。ちょっとドリアンに似た雰囲気である。ちなみに南インドではフルーツとしての利用が主なようだ。

 このganga波羅蜜カレー、今回の「Makiの衣食住」では残念ながらご披露できないが、来年のカディ展あたり、ちょうどシーズンでもあるし、竹林でラケッシュに作ってもらうのもいいかな。材料費もタダだし。(植物検疫がOKだったらだけど)




 

8月19日(木) 芭蕉のスラウチ

 今朝は8時半から芭蕉のスラウチ。
 ここganga maki工房には沖縄由来の糸芭蕉が数百本生育している。
 今、北インドは雨季の真っ最中。高温多湿で、芭蕉にとってはいちばんの成長期だ。
 左上写真は牛小屋に続くいちばん大きな芭蕉畑。 葉が青々と繁り、いかにこの土地が芭蕉に適しているか物語っている。ただ、手入れは欠かせない。
 この時期に行われる作業が、スラウチ。これは真木千秋が西表島・紅露工房で習得してきた技である。ただ、この「スラ」が何を意味しているかは不明である。
 この作業は夏期、三度ほどにわたって行われる。今日はその二度目。

 基本的には、芭蕉の幹の成長を促すための手入れだ。
 左中写真は鎌を手にスラウチをする真木千秋。この鎌は日本から持参したもの。
 成熟した芭蕉の葉を落とし、天辺(てっぺん)も落とす。 さすが日本製の鎌は切れ味も良く、スパッと葉を落とす作業は快感である。
 成長点を落とされた芭蕉は上方への成長を止め、幹を太らせる。
 左下写真、右端と中ほどに、葉っぱと天辺を落とされて丸裸になった芭蕉が見える。これがまた葉をつけ、より大きく成長するのだ。
 「スラ」というのはおそらく空であろう。沖縄の文語では空のことをスラと言うんだそうだ。天辺を打ち落とすから、スラウチなんだろう。たぶん。

 スラウチついでに、芭蕉を数本、収穫する。
 右写真はその芭蕉から内側の薄皮を剥がす真木千秋と弟子たち二人。
 その薄皮を煮て芭蕉糸を採るのだ。
 残余の芭蕉幹は芭蕉紙の原料となる。
 ついでに、スラウチで打ち落とした葉っぱは牛の飼い葉になる。今日ひとつ面白い発見をしたのは、牛の嗜好だ。芭蕉畑の中に私の植えた桑の木があり、邪魔だったので一部剪定して牛に与えたところ、芭蕉葉よりも喜んで食っていた。桑葉は蚕以外の昆虫には有毒であるらしいが、哺乳類は大丈夫なのかな。
 またついでに、いちばんキレイな葉っぱは我々の昼食時の皿になるのであった。それに合わせてランチも南インド飯。食後の皿はそのまま(カレー付きで)牛の飼い葉⋯という具合で、捨てるところのない有用植物である。


 

8月18日(水) 工房・第四棟のいとなみ

 ganga maki工房は上空から見ることができる。google map の航空写真にganga makiで検索すると、右写真のようなモノが表示されるはずだ。
 これがganga maki工房の中心部である。
 主工房は五角形(ペンタゴン)を形成しているが、実体はL形の建物が四つだ。左上から反時計回りに第一棟、第二棟、第三棟、第四棟。(この数え方がイマイチ意味不明なのだが、設計者スタジオムンバイの仕業である)
 第一棟、第二棟、第四棟が製織工房。第三棟が縫製工房だ。
 このうち北東角にある第四棟が一番涼しそうなので、今、タテ糸の整経機が据え付けられ、真木千秋がタテ糸を作っている。

 明日休暇から戻って来る予定の織師シャザッド用のタテ糸だ。
 シルクのストールになる。
 アシスタントのアジェイ君とともに、千数百本のタテ糸をひとつずつ選んでいく。(左上写真)
 今までにない糸の配合だ。 左中写真、上方のシルバーグレーは、ガジュマルの木炭で染めた墨染め。中段の糸は「インドの至宝」ムガシルク。
 そして下の黒色は初のお目見え。ガジュマルで染めた濃赤褐色に藍を重ね染めしたもの。赤黄青の三原色を重ねると黒になるという道理だ。
 
 選んだ糸を少しずつ木製のドラムに巻き取っていく。(左下写真)
 左側にシルバーグレー、右側には黒の中に黄金色のムガシルクが映える。

 さて、シェフのラケッシュは本日午後UK83便にて無事羽田到着。
 入国検査後、隔離のため羽田近くのホテルに入る。 すごく良い部屋だと喜んでいた。これから六日間の監禁生活である。
 インドからの入国者は今まで政府指定のホテルで十日間の強制隔離であったが、インドの感染減少を受けて8月14日から六日間に変更されたばかり。 良い部屋だと喜んでいるラケッシュに、それなら十日間滞在するかと聞くと、六日間で十分!と言っていた。
 機内ではインドのパラリンピック選手団と一緒だったそうだ。(そういえば今般のオリンピックではインド選手が男子やり投げで金メダル。個人種目で金はインド史上二人目という快挙であった)
 


 

8月17日(火) 第一回目の藍収穫

 弊スタジオには藍畑が二枚ある。
 ひとつは今年から栽培を始めた500坪ばかりの大きな一枚。これは工房隣接の畑を借りたものだ。
 もうひとつは以前から作っていた工房内の畑。面積はその半分くらい。
 だから今年は作付けが一挙に三倍ほどになる。
 種まきは三月。それから灌水、除草⋯
 真木千秋を先頭に、みんなで寄ってたかって世話をする。
 お陰様で今年は病害虫も出ず、順調に生育する。
 6月には胸の高さほどに成長し、収穫が始まる。

 日本の藍とは植物が異なる。
 中国渡来である日本の藍はタデ科、それに対してインド藍はマメ科だ。ちなみに琉球藍はキツネノマゴ科で、それぞれ科は違えども葉に藍の成分を蓄えている。

 毎朝8時から収穫が始まる。
 上写真、左奥の繁みが刈り取り前のインド藍。
 これは草ではなく、小灌木だ。
 今は人の背を超えるほどに成長している。
 その灌木の上の部分を刈り取る。膝から上くらいだ。手前一面が「切り株」だ。この切り株からまた枝葉が生えてくる。
 それゆえ、現在は第一回目の収穫だ。刈り取りを始めて二ヶ月近く経過し、九割方終了している。秋にもう一度収穫し、都合二回となる。

 収穫した藍はさっそく水場で処理する。(中写真)
 けっこうな量でしょう。十数kgもあるだろうか。これが毎日である。
 藍色素は葉っぱに含有されるので、まず枝葉をちぎり取り、水に漬けて発酵させる。

 インド藍を使った染め方には二種類ある。半発酵と、本格発酵(泥藍から灰汁発酵)だ。
 下写真は半発酵のインド藍を使って真木千秋が戯れているところ。ヒマラヤウールの生地の上に藍で水玉模様を描いている。
 これはまだ試作なので今後の展開は未知であるが、来月4日からの展示会「Makiの衣食」では、採れたてganga藍で染めたブランケット「インディゴケット」など藍の染織品もいろいろ展示される予定。実は今日、こちらから発送したのである。(無事に着くことを祈る)

 そういえば、ganga工房長にしてシェフであるラケッシュも、今日の午後、最愛の家族たちと涙の別れを経て、こちらデラドンを旅立ったのであった。今ごろデリー空港で羽田行きの飛行機を待っていることだろう。 (無事に着くことを祈る)




 

8月16日(月) 来日の練習

 来月4日から竹林で始まる「Makiの衣食」展。
 ラケッシュが二年ぶりに来日して、竹林カフェのキッチンに立つ。
 現在はgangaの工房長であるラケッシュ。もともとはインド料理のシェフとして竹林カフェに立っていた。
 シェフ・ラケッシュといえば、タンドール。インドの炭火竈だ。

 ganga工房、今日のランチは、私ぱるばの歓迎会を兼ねて、タンドールに火を入れてもらう。
 タンドール料理なんて、弊工房でも年に数回しかないイベントだ。
 じつはラケッシュ、こうした本格的タンドールを扱うのは1年ぶり。今回竹林カフェのキッチンに立つ練習も兼ねてのクッキングだ。(左写真)。多少のブランクはあっても、要点は身体にしっかり染みついるようで、端から見ていると手慣れたものだ。焼き上がったローティやパラタ(ともに全粒粉を使ったインドパン)は、言うまでもなく超美味。ま、タンドールのローティは誰が焼いてもウマいんだろうが。
 皆さんが日本のインド飯屋で出会うようなナンは、巨大でフワフワしていて、日本独特のものだ。 あれはきっとイーストで発酵させているのであろう。ラケッシュの焼くローティやパラタは無発酵。パリッとしていて香ばしい。それぞれの良さがある。
 ラケッシュは明日の夜行便で東京に向かい、14日間の隔離を経て、9月には竹林にお目見え。工房長だから日本のスタジオスタッフとよく波長を合わせる必要もある。ラケッシュのランチは9月4日〜8日の五日間。
 




 

8月15日(日) ganga蚕の上簇

 今日8月15日は、インドでは独立記念日で祝日。ただしインド独立は1945年ではなく、1947年。たまたま日本の終戦(敗戦)記念日と同じ日が祝われている。
 さて、私ぱるばは昨日成田を出立し、 デリーで一泊後、今朝、50kg以上の大荷物を抱えてganga maki工房に到着する。現在コロナ禍で物流が滞っているので、ほとんど運び屋だ。この状況下でのインド渡航がどのようなものであるか興味ある人はこちらを参照

 今、当地ウッタラカンド州は雨季の真っ最中。気温も低目で、日本から来ると避暑という趣だ。ただ今日に限って青空が広がり、まったりした高温多湿の空気感だ。
 そんな中、6月末から当地に滞在する真木千秋は元気に仕事に励んでいる。

 祝日で誰もいない静かな工房。しきりに居住棟の一室に足を運ぶ真木千秋。なにかと思ったら蚕だ。
 これは日本の某所から入手した蚕種を、6月末に自分で持参してきたもの。
 三週間ほど前に孵化し、丹精込めて育てていたのが、この週末から繭を作り始めたのだ。左写真の右側に見えるのが飼育箱。桑は工房敷地の至る所に自生している。蚕は成熟すると桑を食わなくなり、身体も少し透明になってくる。そうした熟蚕(じゅくさん)を一頭一頭選んで拾い上げ、蔟(まぶし)に入れる。上簇(じょうぞく)という作業だ。すると蚕は自分のお気に入りの場所を見つけて、繭を結ぶ。
 この蔟、面白いでしょう。竹製である。弊工房の建築作業に当たった労働者が作ったものだ。その建築労働者たちはインド西部ベンガルの養蚕地帯出身で、実家で養蚕を体験していたのだ。それでこのような蔟も作ってくれたというわけ。ベンガルは竹細工も盛んなのである。
 さてみな無事に営繭(えいけん)できるか。






 

7月26日(月) 八王子、驚異の南印飯店

 戯れに、パソコンで「南インド料理店・多摩地区」と検索をかけてみた。
 なんと、弊スタジオの近所にあるではないか。
 車で20分ほど。 八王子市内の秋川街道沿いだ。
 南印料理フェチの私としては、これは見逃せない。
 そこで昨日、いそいそとチェックに出かける。
 なんでも新宿の人気南印飯店ムットの二号店だということ。

 知らなければぜったい見逃すであろう立地と外見。(上写真)
 中に入ると、おそらくは和食店の居抜きであろうと思われる。
 典型的南印人の風貌をした愛想の良いおじさんが迎えてくれる。
 なんでも新宿ムットの主人であり、現在コロナなどもありムットは休業。こちらのみで営業しているという。
 しかしなんでこんな不便なところに? 八王子駅から徒歩42分の僻地だ。
 おじさんいはく、二号店用の物件を探していたところ、不動産屋から西中野の出物を紹介されたとのこと。東中野という駅もあるし、その西隣あたりだろうと思っていたところ、えらく西方だったというわけ。このあたりの地名が八王子市の西中野だったのだ。
 それでもなんか気に入ったようで、当地に店を開いたのが二年前。こんなところにお客が来るの?と聞くと、新宿時代のお客さんが遠くから来てくれるとのこと。
 おじさんはチェンナイの出身。日本語が堪能で、家族ともども運営している。生粋の南印飯屋で、ドーサとかビリヤニなど各種取り揃えているが、私はまず南印定食のミールスだ。昨日はオリンピック記念の特別ミールスを最終日だったので、それを注文。
 下写真、左下の白いのがライタ(ヨーグルトサラダ)、そこから時計回りに、野菜カレー、マトンカレー、チキンキーマ、ひよこ豆カレー、チキンカレー、南印ドーナツ(デザート)、米は食べ放題のバスマティ米、パパッド、それにドリンクがつく。ノンベジ(非菜食)ミールスだ。けっこう豪勢。オレも本邦いたるところで南印ミールスを食したが、こんなご馳走は初めて。いずれも文句なしの美味だ。サンバルやラッサムのつく菜食ミールスもある。南印コーヒーもある。場所も中身も驚きの南印飯店だ。もう南インドまで行かなくて良いかも!? 実はもうじきインド渡航だが、その前にもう一度食いたい!?
 興味ある人は「レジナ」で検索。 唯一の難点は駐車場のないこと。近所の八王子市役所にでも駐めるか。店に電話して確認すると良い。★★★★★




 

7月24日(土) 我が州ウッタラカンドの健康通信

 インドの新聞(ネット版)を読んでいたら、我がganga maki工房のあるウッタラカンド州政府発行の健康通信が掲載されていた。日付は昨日7/23の午後6時。
 同州保健局の最大課題は、いずこも同じ、例のウイルス感染症だ。人口一千万を数える同州も、デルタ株の蔓延により、五月上旬には一時、公式発表で毎日7〜8千人の検査陽性者を出していた。幸い現在はかなり事態も収まり、昨日の健康通信によると、前日の新規感染は11名、死者はゼロだった模様。あくまでも公式発表の数値だが、人口千四百万の我が帝都と比べると、現状かなり安全なのではあるまいか。

 さて、 その通信の下の方、カラフルな絵入り部分が目を引く。ヒンディー語で書いてあるので何だかわからないが、グーグル翻訳で読ませてみると、免疫力upの秘策らしい。日常生活で何をすべきなのか。
  いろいろ推奨されているが、ちょっとインド的なものをご紹介すると⋯。ウコン、コリアンダー、クミン、ニンニク、緑色野菜、ホットなスパイスを定期的に摂取しなさい。ヨガを毎日10〜45分練習しなさい。毎日チャワンプラシュをスプーン一杯摂取しなさい。等々。このチャワンプラシュというのは梅肉エキスみたいな褐色の粘性物質で、けっこう美味しい。そのほか、砂糖やジャンクフードの摂取を控えよとか、煙草やアルコールを止めよとか、一般的なことが述べられている。
 やっぱりカレーは身体に良いのだろうか。




 

7月13日(火) タデ藍の定植

 カディ展の終わった東京五日市のスタジオ。
 今年は雨続きで会期も2日ほど延長したこともあり、久々に普段の生活に戻ったという感じ。
 しかし、用務員は一息つく暇も無い。パソコンのメンテをしたり、8月セール(7/31初日)の準備をしたり⋯。特に畑は待ったなしだ。降雨はたっぷりあるから植物の生長も旺盛。
  目下、喫緊の作業は、藍の定植である。雨間を狙って、今朝、植え終えたところ。(左写真)
 昨年と比べると、生育がイマイチであるな。播種は早かったのだが、天候に恵まれなかったか!?

 6月28日の弊日誌↓でご紹介したganga maki工房のインド藍とえらい違いだ。
 播種が少々早かったとは言え、半月前に既に真木千秋の胸あたりまで成長している。
 現在真木千秋は当地で毎朝インド藍を収穫し、藍染めに励んでいるようだ。






 

7月1日(木) 展示会間際の風景

 カディ展の初日を明後日に控え、スタッフ総出でその準備。
 用務員たる私ぱるばも朝から雨模様の天気の中、外回りの環境整備だ。
 そのひとつがカフェ屋根の掃除。(上写真)
 実際、この屋根はほとんど見えないのだ。shop二階の窓からちょっと目に映るくらい。今は落葉のシーズンでもないし、あまり汚くはない。が、しかし、展示会を前に放置しておくのも用務員の矜持に反するゆえ、濡れて滑る屋の上で生命の危険も顧みずに、濡れ落ち葉を吹き飛ばしているという次第。皆さんご来展の折はせめてshop二階から目を遣っていただきたいものだ。

 母屋一階では、前川と久保が反物を巻いている。(下写真)
 マンガラギリの生地である。
 これは、今年二月、私と横田裕子が現地まで出かけて選んできたものだ。あの僻遠の地からちゃんと竹林に届くのだから、ちょっと感慨深い。インド人もしっかり仕事をしているのだ。(当然か)
 この写真ではよくわからないが、近づいて見ると、黒地に黄褐色のピンストライプが、なかなかシブい生地である。
  カディ展特設ページに見るごとく、この展示会は既成の衣が中心であるが、毎回、生地も出品され、布好きの皆さんにご好評を頂いている。今年もカディ、マンガラギリ合わせて十数点ご紹介。
 マンガラギリは極薄木綿だが、カディはそれよりやや厚手。織っているのは隣州の機元サジットだ。もう三十年近くの付き合いで、真木千秋の注文に応じて職人とともに手織している。今回は初めて手織タオルも出展。

 ところで、皆さんも夙にお気づきであろうが、今カディ展を機に、弊ホームページもトップページの面目を一新する。
 以前のトップページは、私ぱるばが今から25年前の1996年に作ったほとんど天然記念物的な代物であった。私としてはそのままでも構わなかったのであるが、真木千秋のたっての要望で、弊スタジオデザイナーの服部が構築する。
 このたびはパソコン用とスマホ用、それぞれトップページが違う。これがけっこう面倒なのだ。ホームページの運用は相変わらず私。用務員もいろいろ忙しい。しばらくは不都合があるやもしれぬが、ご容赦のほどを!




 

6月28日(月) 真木千秋、インドで藍の刈り取り

 一昨日の土曜、無事ganga maki工房に到着した真木千秋。
 一時帰国したのが5月12日で、以来、隔離を含め六週間少々日本に滞在。そしてまたインドに舞い戻ったという次第である。
 インドと聞くと皆さんご心配召されるのであるが、本人は戻りたくて戻りたくて仕方の無い様子であった。糸やら織りやら、気になることがいっぱいあるのであろう。
 今回はJALで羽田からデリーへ飛ぶ。機内はけっこう空いていてラクだった様子。
 出発前に日本でPCR検査を受けたのみで、現地に着いたら隔離などもなく、すぐ現場に復帰できる。 様々な情報を総合するに、ganga maki工房はこちら武蔵五日市より安全性は高いのではないかと私ぱるばは推測している。
 今日はさっそくインド藍の刈り取り。今年の2月に整地して種まきした畑の藍が、もうこんなに成長したのだ。それで試し染めしようというわけ。
 背景の空を見ると、典型的な雨季の雲行き。ただ今日は気温も33℃まで上がり、高温多湿だ。真木千秋のいでたちにもそれがうかがわれる。ともあれ、元気そうでなにより。


 

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